危険な「財政赤字」無視の選挙目当て政策
22~23年度の日本の「公的長期債務残高の対GDP比」は、IMF統計によると約260%でGDPの2.6倍と世界最高である。双子の赤字が問題とされてきたアメリカでさえ81%、ドイツは35%である。政府の金融資産(年金積立や外貨準備など)を差し引いた場合でも、日本は24年時点で135%であり、レバノンの158%に次ぐ2番目の大きさだ。
政府が1991年のバブル崩壊以降、合計140兆円の対策を打ち、また消費税軽減策を導入したことなどで「異常な赤字」となった。加えて2016~2023年度までに、合計180兆円の補正予算を組み、24年度も14兆円の補正予算だ。さらに「所得税の課税最低ライン」を「103万円から160万円」の引き上げにより、6000億円の所得税収減となり、また高校授業料無償かも1000億円も必要だが、これを「防災予防費」から捻出するという。
これらの政策から、歴代政府は「深刻な財政赤字」の認識に欠けると言わざるを得ない。また選挙を前にした与野党の「減税策」や「国民給付」の政策などの競い合いも同様だ。いずれも選挙目当ての「場当たり策」の傾向が強い。これらによって「長期的な深刻な財政赤字」は、さらに悪化する。
他方でこのような「場当たり策」を可能にしてきた大きな要因に、日銀の国債買い入れ策がある。日銀は2013年から「異次元の金融緩和策」と銘打って、国債を無謀なほどに買い入れてきた。日銀の国債保有額は25年3月時点で、発行残高の5割超の574.2兆円で13年前の約6倍。そして、この時価評価額545.6兆円との差額である28.6兆円の含み損で、24年3月の含み損9.4兆円から大幅に増えている。
長期国債の暴落から長期金利の高騰
このような財政赤字懸念と日銀の異常な国債保有から、国債の信用が低下し国債価格の低下で、金利が上昇する。長期の国債は、償還まで5~10年までの「長期国債」と、10年を超える「超長期国債」だが、このうち超長期国債価格が急落して、金利が急上昇した。新発30年国債の利回りが5月に3.185%、40年物が3.675%と、過去最高の金利となった。
これには、長期国債を運用する生命保険会社などの需要減少に、トランプ関税のマイナス、防衛費増による財政悪化の懸念、さらに外国人投資家の懸念も加わった。ちなみに日本国債の取引の約3割が、24年10~12月では48.2%が外国人投資家である。このような金利上昇は、政府の利払い費を増加させて、財政赤字をいっそう深刻にする。
この金利上昇が「政策金利上昇」に繋がれば、銀行の「貸出金利」や「住宅ローン金利」の上昇となり、中小企業や国民生活をいっそう厳しくなる。しかし他方で金融機関を利する。日銀は13年以来の「異次元の金融緩和」で、超低金利・マイナス金利を続けてきた。しかし昨年からの政策金利の引き上げ策に転じた。これにより金融機関は「利ザヤ上昇」で利益を回復している。
たとえば25年3月期決算では、3メガバンクの最終利益が合計で前年度比25.3%増の3.9兆円超。同様に地方銀行も、全体の84%の81銀行で増益となり、これらの純利益合計は前年度比37.1%増の1兆2706億円。また生命保険大手8社のうち7社が増益となり、最大手の日本生命保険は、基礎利益が前年度比32.3%増の1.1兆円となった。
しかし「インフレ」と相まって、金利上昇は中小企業および国民生活を脅かしている。加えてこれまで日銀の超低金利策が「円安」をもたらし、輸入物価の上昇からインフレを更新させて、中小企業と国民生活を苦しくしてきた。それゆえ「長期国債価格の下落」による「金利上昇」から、円安が修正されれば「中小企業・国民の窮状」も緩和する。
果たしてどうか。世界経済はトランプ関税による物価上昇とインフレ懸念、さらに国際政治不安から金利を大幅に引き下げる政策をとれない。したがって日本の金利は世界的には未だかなり低く、それゆえ「円安」はなお続く。したがって中小企業と国民の苦境もあまり解消しない。
大手の過去最高益と自社株買い
このような経済状況であるのに、上場企業の3月期決算は4年連続で過去最高を更新している。円安による「ドル建て輸出の円換算額」と「海外子会社利益の円換算額」が膨張しているからだ。決算が発表された大手454社(全体の43.8%)の25年3月期では、営業利益が前年比4.3%増の31兆円、純利益は2.4%増の29兆円である(日興証券集計)。
これらから企業の内部留保は12年連続の過去最高を続け、いまや600兆円超となっている。しかしこの大手の利益は、設備投資には余り回っていない。設備投資や研究開発にかける投資は、23年度までの10年間で1.5倍程度にすぎない。これに反して「自社株買い」が急増した。それは13年度では総額2兆円ほどであったが、23年度は8.6兆円、24年度は16.4兆円と膨らみ、過去10年あまりで8倍となった。
経産省は14年に「ROE(自己資本利益率)」の目標として、8%を公表した。この8%がグローバルな投資家を納得させるROEゆえ、これを目標とすべきだという。また東京証券取引所も「資本コストや株価を意識した経営」を要請した。そこで大手企業の多くが、手元の現金を「自社株買い」や「増配」に回して、ROEや株価を吊り上げている。
その結果ROEは8%を超えてきたが、他方で長期的な成長戦略を見失いがちとなっている。「物言う株主」の要求に応えて、自社株買いを優先する傾向もみられる。また役職手当に「ストックオプション」を導入している企業も多いから、彼らの手当て引き上げのためにも「自社株買い」が進められる。
要するに大手企業も、政府・日銀策と同様に、この点では「場当たり策」の経営と言えよう。それにも拘らず他方で、大手の「下請け叩き」がなお続いている。これらの傾向を見かねて、経団連は「民間設備投資を40年度に200兆円に引き上げる」という目標を発表した。
確かに儲けた利益を「自社株買い」に回すよりは、設備投資に回す方が順当な経営であろう。しかし設備投資拡大によっても、政財界やエコノミストが期待するほどの景気回復となるか疑問である。先進諸国はほとんどが「生産力成熟・消費飽和」の「成熟飽和経済」に落ちっているからだ。
根本的な景気政策------円安の修正と大手の「買い叩き」の除去
先述のとおり政府は、世界で最悪となる財政赤字を引き起こすほどの景気対策を導入してきたが、日本経済は30年も続く不況から這い上がれない。それは企業の設備投資が足りないからか? 実は「労働装備率(従業員1人当たりの機械等の設備金額)」を伸ばしても、「労働生産性(従業員1人当たりが稼いだ金額)」は伸びない。
1985年=100の指数で見ると、1995年が「労働装備率192、労働生産性132」、これに対して2022年は「労働装備率197、労働生産性118」であり、設備投資を増やしても生産性は伸びていない。これは日本ほどではないが、先進諸国経済に共通だ。
(表1)労働装備率・労働生産性・人件費の指数(全産業、1985年度=100) |
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年度 |
1990 1995 2000 2002 2005 2010 2015 2020 2022 |
労働装備率 労働生産性 人件費 |
141 192 188 200 172 188 193 195 197 129 132 126 128 120 114 114 117 118 132 161 161 162 160 158 158 161 171 |
(出所)財務省『財政金融統計月報』の「法人企業統計年報特集」の各号から作成 |
では日本だけで、30年間もの不況が続く要因は何か。第一に日銀の「円安策」によって、「原材料と食料品」の輸入物価が高騰し、中小企業と国民生活を脅かして「消費不況」に陥っていることである。第二に大手企業が下請け中小企業の「買い叩き」をしていることだ。
2010年=100の指数の「輸入物価」と「卸売物価」は、23年が184と123、24年は189と130であり、この両物価の開きが、大手の「買い叩き」を示している。したがって全企業の99%超の中小企業の経営は、「円安」と「買い叩き」が続く限り厳しく、物価上昇を上回る「賃上げ」は困難だ。それゆえ国民全体の消費も伸びず、「消費不況」が続く。
(表2)各物価指数(2010年=100)の推移) *輸出入物価指数は、円ベースの指数 |
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2018 |
2020 |
2021 |
2022 |
2023 |
2024(上期) |
2024 |
消費者物 企業物価 輸出物価 輸入物価 |
105.0 104.1 108.0 113.4 |
105.5 104.3 100.8 117.8 |
105.1 107.7 103.7 119.9 |
108.4 118.7 125.6 195.8 |
110.9 123.0 130.3 183.5 |
112.4 126.9 142.7 186.1 |
113.9 129.8 138.7 188.6 |
政府も経団連や経営者団体およびエコノミストは、物価上昇を上回る「賃上げ」を叫ぶが、このような経済状況では、それは不可能であり、それゆえ消費不況が持続している。ここから抜け出すためには、緩やかな継続的「円安脱出策」を工夫し、大手による「買い叩き」経営を厳しく監視して、これを許さないことである。さらに大手企業も内部留保や自社株買いをするカネを、率先して下請け同業者に回すべきである。
日本企業の経営欠陥----役職の低昇給率と長時間労働
一般社員で「管理職になりたい人」の割合は、調査対象の国の平均が58.6%であるが、日本では19.8%と最低であった。これは22年の「パーソナル総合研究所」の調査の結果であり、調査対象は18か国・地域である(表1)。他方でインドは「カースト制」の影響もあり、最高の90.5%である。もっとも発展途上諸国は一般的に高く、フィリピン、インドネシア、中国、ベトナム、インドの平均は81.8%だ。
(表1)管理職になりたい一般社員の割合(%) *パーソナル総合研究所の統計より作成 |
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アメリカ 54.5 |
イギリス 55.4 |
ドイツ 45.1 |
フランス 68.9 |
中国 78.8 |
韓国 61.7 |
フィリピン 80.6 |
インドネシア71.5 |
ベトナム 87.8 |
インド 90.5 |
日本 19.8 |
全体平均 58.6 |
これに対して先進諸国はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの平均が56.0%と低い割合であるが、それにしても50%を超えており、日本の低さが際立っている。これには幾つかの要因が考えられる。例えば管理職に昇進すれば、残業代が入らないゆえ、逆に報酬が下がる場合もあるなどだ。
ちなみに日本では課長や部長に就いても、これに伴う報酬アップが大きくない。課長の年間報酬は日本が約1466万円、インドが1125万円だが、部長ではそれぞれ1953万円と2007万円。このように日本の役職報酬は、昇給割合のカーブが、アメリカ、イギリス、中国、韓国などに比べて緩慢である(日本に関しては1300社以上が対象の「マーサー総報酬サーベイ24年」、1ドル143円で計算)。
それゆえ役職に就けば責任が重くなり、仕事の量も増えるのに、その割に実質報酬が上がらず、下がる傾向さえある。さらに「長時間労働」も加わり、精神的に異常をきたす役職社員も続出している。したがって「役職就任」は「罰ゲーム」とか「無理ゲー」などとも言われる。
日本の労働時間はどうか。表2のとおり英独仏より長く、アメリカやイタリアよりは短い。しかしこの日本の労働時間は「労働者全体の平均時間」であり、「正社員だけの労働時間」はなお2000時間に近い。なぜなら日本の被雇用者の37~38%が非正社員であり、彼らの労働時間は短く、その分だけ正社員の「残業時間」が長いからである。
(表2)一人当たり平均年間総労働時間(上段2015年、下段2022年) *労働政策研究・研修機構『データブック2024』より作成 |
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日本 |
アメリカ |
カナダ |
イギリス |
ドイツ |
フランス |
イタリア |
1719 1607 |
1785 1811 |
1712 1686 |
1531 1532 |
1370 1341 |
1519 1511 |
1718 1694 |
なぜか。先進諸国の「残業代」は「通常賃金」の1.5倍ほどだが、日本は1.25倍と小さいゆえ、新規雇用をせずに正社員の残業を増やす方が、経営の上で得策である。このように見てくると、日本企業の「管理職希望者の極端な低率」は、もっぱら企業経営の問題に要因があると思われがちである。
国民の意識----経済成長の限界とマイナス問題
果たしてそれだけが要因だろうか。多くの日本人が、30年も続いている不況の中で「成熟飽和経済」による「経済成長の限界」を意識していることにもよろう。ただし前回の自民党総裁選で「所得倍増」をスローガンとした候補者のように、全く見当はずれな人も、数少ないが存在している。
アメリカ 41.8 |
イギリス 31.9 |
ドイツ 30.4 |
フランス 34.5 |
中国 37.3 |
韓国 28.4 |
フィリピン 31.1 |
インドネシア20.2 |
ベトナム 32.0 |
インド 56.8 |
日本 25.9 |
全体平均 33.7 |
しかし大多数の人々が、経済成長による「自然の破壊」および「人間関係の疎遠」や「精神疾患」をも深刻に考えていることも、「管理職希望社員の低率」に繋がっている。この点についての傍証として、日本のサラリーマンの「転職希望者」や「独立・起業したい社員の割合」が、きわめて低いことも上げられよう。
ちなみに「転職を希望する社員の割合」は、アメリカの41.8%、全体平均の35.2%に対して日本は25.9%と低い(表3)。また「独立・起業したい人」も、全体平均の36.2%に対して、日本は20.0%と最低である(表4)。もっともアメリカ以外の先進諸国のイギリス、ドイツ、フランスの平均も27.1%とかなり低い。経済成長主義や効率主義がもたらした弊害を、先進諸国の多くの国民が意識しているからであろう。
(表4)独立・起業したい一般社員の割合(%) *パーソナル総合研究所の統計より作成 |
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アメリカ 40.7 |
イギリス 27.0 |
ドイツ 23.4 |
フランス 31.0 |
中国 40.4 |
韓国 27.0 |
フィリピン 43.8 |
インドネシア52.1 |
ベトナム 35.8 |
インド 57.9 |
日本 20.0 |
全体平均 36.2 |
近代文明は「物的に豊かになれば人間は幸福となる」という「経済主義」の思想に浸ってきたが、この文明は今や危機に瀕している。「工業化」の進展が「大気・水質・土壌汚染」など自然を破壊し、「温暖化」と「自然災害」「生物の絶滅と多様性の減少」を引き起こしてきた。これらの弊害は、いずれも「人類および地球の限界」に近づいている。
もう一つの総合的生活-----「自然の再生と心の健康」へ
工業化をはじめとする経済主義を根本的に改革すべく、我々の意識の抜本的な変革が不可欠である。先の日本の社会人の趨勢は
こうした観点からは好ましく、さらに深い反省と変革が必要である。
残念ながら日本の温暖化対策は、EU諸国よりかなり遅れている。EUは「再生エネルギー」を普及させ、1990年から2014年の25年間に「温暖化ガスの排出量」を2割減少させたが、日本は同期間に10%以上増やした。けれども2018年になると、日本でも全国銀行協会が「SDGs」に対応する「行動憲章」を発表した。
また3メガバンクは「石炭火力の新規事業への融資停止」を発表し、複数の商社も「石炭火力発電事業」から撤退した。ところがトランプ米政権の「脱炭素に対する逆風」を恐れるあまり、日本の大手金融機関は、本年「NZBA」から脱退した。これは世界の140の金融機関が参加する「脱炭素の国際的な枠組み(21年発足ネットゼロ・バンキング・アライアンスNZBA)」である。
本年3月期の3メガ銀行の「純利益」が、前年比25.3%増で過去最高益であったのに、脱退した。それは極めて遺憾な事態である。欧州勢には脱退の動きはない。ところで経済主義は物的な豊かさをもたらす反面、「生活の潤いと活力」を弱め、多数の「精神疾患」を引き起こしている。
たとえば日本人の40歳までの死亡原因の第1位が自殺であり、最近の高校生以下の自殺者が毎年500人を超え、過去最高を更新している。また1998年からの14年間の自殺者数は毎年3万人を超えたが、これは自殺から24時間以内に亡くなった人数であり、その後に亡くなった人も含むと、自殺者死亡総数は年間5万人超であった。
近年はこの人数は幾分少なくなったが、この精神疾患の傾向は日本ばかりではない。したがって先進諸国の多くの人々が、近代文明の危険性を感じ取っている。とりわけ多くの日本人は、深刻に感じているであろう。
これらの近代文明の弊害を克服する手段として、たとえばドイツのドルナイヒ博士は、つぎの4項目をあげた(H.Dorneich:Ordnungstheorie des Sozialstaates,1983)①思索など自分との出会い ② 自然との触れ合い ③ 夫婦、家族、親友との交わり ④ 休暇、小グループ活動、集会などの交わり。
要するに仕事を離れた生活「オルターナティブ・ライフ(もう一つの生活)」さらには「ホリスティック・ライフ(総合的生活)」の重視が不可欠だということだ。また高齢化社会においては、できる限りの自立自助の生活態度が重要であるが、それには柔軟な頭脳を持ち続け、高齢期においても自活できることが基本であろう。
そのためにも「総合的生活」「もう一つの生活」が不可欠であるが、とりわけ「心の健康」を青年期から準備する「時間的ゆとり」が重要である。これら諸点からすれば、先の「管理職希望」などに対する日本の社会人のネガティブな態度も、評価されるべきである。
ちなみに「ボランティア」も「もう一つの生活」や「総合的生活」の一部であるが、日本のボランティアは、2019年時点では19.4万グループの707万人、個人のボランティアを合わせると合計880万人。2010~14年には年間1000万人超、2023~24年でも同760万人ほどと、かなりのボランティア数である(全国社会福祉協議会調査)。ここにも「近代文明超克」に期待が持てよう。
生産年齢人口の減少と企業倒産
2024年度の企業倒産は、前年度12.1%増の1万144件で3年度連続の増加となった。 懸念された年間1万件を11年ぶりに超え、2013年度の1万536件に次ぐ高水準である。またこの倒産はすべてのエリアにおいて、2年連続で前年度を上回った(東京商工リサーチ)。このような企業倒産の事由は「人手不足」「後継者不在」「ゼロゼロ融資の返済困難」「物価高騰」などである。このうち特に「人手不足」は、次表のとおり生産年齢人口の減少から、長期的に深刻な問題である。
(表1)総人口および生産年齢人口(15~64歳)とその対総人口割合% ならびに高齢化率%(65歳以上人口の割合) *人口単位:万人 資料:厚労省の統計より算出 |
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1980 |
1990 |
2000 |
2010 |
2025 |
2035 |
全人口 15~64歳人 (割合%) 高齢化率 % |
1億1703 7888 (67.4) 9.1 |
1億2358 8614 (69.7) 12.1 |
1億2684 8638 (68.1) 17.4 |
1億2811 8174 (63.8) 23.0 |
1億2564 7170 (58.5) 30.0 |
1億1514 6494 (56.4) 32.8 |
生産年齢人口は2000年をピークに、それ以降は減少し続けており、25年現在では2000年より1468万人も少なくなった。したがって企業は人材確保に走り、「有効求人倍率」が1.6倍に跳ね上がった。労働市場は「売り手市場」で、初任給が月給30万円にも達する企業も続出している。
このような企業競争に付いていけない企業や、労働条件が悪く従業員の退職が続出する企業が倒産する。2019年は「労働力不足倒産」が426件であったが、その後、労働力不足倒産が年々増加している。また労働力不足を補うために、新たな設備機械や自動システムの導入により、資金繰りが出来なくなって倒産する企業も増えている。
「労働力人口」の増加-----女性労働者およびシニア労働者の増加
しかし、このような傾向の悲観的な見方を覆す事態も、進展してきた。生産年齢人口は減少しているが、「労働力人口」が増加傾向となっている。これは「労働の意志と能力」を持つ「就業者と完全失業者の合計人口」であるが、それが2012年から増えている。24年の「労働力人口」は、6957万人と7000万人に接近した。なぜならシニア労働者と女性労働者が増加しているからだ。
65~69歳の高齢者の50%以上が、75歳以上の10%以上が現役で働いている。また女性労働者も2024年には3157万人と過去最高となった。そして2035年までに「労働力人口」が、男性は79万人、女性は139万人増えるという。すでに「女性の正社員人数」が、「女性の非正社員人数」を上回り、表2のとおり全労働力人口の45%ほどが、女性労働力である。
このような傾向は「仕事と育児との両立」の工夫を、国家も企業も導入してきた成果である。したがって結婚や育児のために仕事を離れる「女性就労グラフのM字カーブ」も解消してきた。さらに未婚女性も増えている。これらから2024年の医療・福祉関連の就業者は、02年より94.5%も増えている。同時にIT化により「情報通信業」でも、84.8%増である。
(表2)女性労働力の推移:全労働力(A)と女性労働力(B)およびB/A%(総務省統計より作成) |
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2000 |
2010 |
2022 |
全労働力人口(万人) 女性の労働力人口(万人) 女性の割合(%) |
6706 2753 40.7 |
6632 2783 42.0 |
6902 3096 44.9 |
しかしこの傾向も「少子高齢化」の人口動態からして、いつまでも続きはしない。すでに「労働力人口」が2020年から減少し始めたという調査もある(厚労省調査)。先述の「医療福祉」「情報通信」とは逆に、「宿泊業・飲食サービス」および「建設業」では、就業人口が減少している。
前者の減少はコロナ禍によるところが大きく、最近はコロナ後の「インバウンド需要」で回復気味だが、人手不足で十分な回復が見込めない。他方で建設業は資材価格の高騰や人件費の高騰で、24年の就業者は477万人と、コロナ禍前の19年と比べて4.6%減少し、建設業の24年の倒産は1890件と10年間で最高となった。
この建設業倒産をやや詳しく見ると、その倒産の9割が、社員10人未満の会社であり、大工やとび職など「職別工事業社」だ。倒産事由は「技能者不足」「24年4月に導入された時間外労働の上限規制」などであるが、また「ゼロゼロ融資利用倒産」も143件である。しかしこのような倒産に対して、「大手建設業による下請け企業支援」の傾向も出てきた。
例えばマンション建設大手の「長谷工コーポレーション」が、承継が不可能となった「給排水や空調設備の施工専門企業」を子会社化した。また住宅メーカー「住友林業」やゼネコン大手の「大林組」は、協力会社からの経営相談を受ける「専門窓口」を設けた。ちなみに住友林業による住宅の約6割を、2000社ほどの協力施工店が担うという。
このように大手建設企業は「下請け子会社の支援」に乗り出すが、それは下請け会社の倒産の波を、大手も直ちに受ける結果となるからだ。これまで製造業をはじめ様々な業種において、大手が下請けの製品やサービスを異常に安く買う「大手による買い叩き」が横行している。それが下請けを泣かせて、「格差・消費不況」を深刻にしてきた。
しかし以上のごとき建設業大手の経営策は、この悪慣習の方向転換に繋がる。労働力不足やその他の理由による「中小企業倒産」が、これ以上増加すれば、それは大手企業に直接響く。それゆえ建設業界のこの方向が、多くの他の業界にも波及するであろう。それにより業界の「過当競争」も緩和され、所得格差も緩和し、不況の出口も見えてくる。
少子高齢化による生産年齢人口減少が、とくに高校卒業で働く人材を減少させている。これが、とりわけ地方の産業や生活を困難にする。したがって地方行政も、新たな取り組みが不可欠となってきた。それは外国人の人材を受け入れて、労働力を維持するという施策である。2023年時点の「在留外国人」は322万3858人である。
政令指定都市アンケート(朝日新聞24年10月)によると、これら都市の4割強が「国際交流協定(MOU)」を結んでいる。それは「海外の自治体や大学からの人材受け入れ」に関する協定である。そして協定している海外において「ジョブマッチング」を開催し、外国人の企業人材を採用する地方自治体もある。
ちなみに外国人の「技能実習制度」が、27年までに「育成就労制度」に代わり、外国人労働者が転籍しやすくなるから、自治体間の奪い合い競争も生じよう。地方自治体は、外国人住民を増やし、「彼らとの共生」の取り組みに積極的になっている。そして国に対して、このための「財政支援」や「外国人政策の基本法の制定」さらには「外国人材の地方定着施策」を求める地方自治体もある。
このような流れは、好ましい本来の世界秩序に繋がる。世界秩序に関しては国家の枠を基本に置き、グローバリズム(自由貿易主義)が展開したが、他方で国内における地域の自立性を重視するリージョナリズム(地域主義)の動きが強まった国もある。
しかし「秩序ある競争(orderly competition)」を無視する野放図な「自由貿易主義」が、「世界の南北問題」を引き起こし、世界所得格差を拡大させた。加えてこれが1929に始まる「世界大恐慌」から、「ブロック経済」と「第二次世界大戦」にも繋がった。また今日ではトランプ政策が、世界の経済を、「自由貿易」に反する方向に導こうとしている。
これら幾つかの悪しき歴史に鑑みて、世界は「秩序あるグローバリズム」と「国内の地域重視のリージョナスム」とを、同時に追求しなくてはならない。そしてこの二つの方向の双方を追及しうるのが、筆者の「地域固有の国際化」(ヴァナキュラー・ユニバーサリゼーションvernacular universalization)である。
先述の日本の地方行政は、この「地域固有の国際化」に向かっている。それは自由貿易ばかりでなく、互いに隔たった世界の諸地域間で、それぞれのヴァナキュラーな文化や経済を承認しあい、しかもこれらの諸地域が相互に依存しあう「地域と国家および世界の在り方」である。
災害ボランティアの「自治体間国際協力」など、これまでの「姉妹都市」の関係を深めて、異なる国の自治体どうしが相互に多様な交流をする自治体もある。もともと基本的に「地域」なしの「国家」も「世界」もあり得ない。同様に孤立した地域もあり得ない。それ故これからの世界は、この双方の結合を強化し、「地球共同体」の理念である「ヴァナキュラー・ユニバーサリゼーション」を実現していくべきである。
ちなみに筆者は、この」「地域固有の国際化」を40年間ほど強調し続けているが、実際にその方向が次第に見え始めたと言えよう(『世界経済動態論----ナショナリズム/ユニオニズム/グローバリズム』早稲田大学出版1983、 『社会科学のための哲学』行人社1986、 『世界システムの「ゆらぎ」の構造----EU・東アジア・世界経済』早稲田大学出版1998)。