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 中国・EU・米国・日本の景況 ----日本は異次元金融の弊害不況----

脱出が難しい中国の不況

中国では不動産の供給過剰による「中国恒大集団」をはじめ不動産大手各社が、経営危機に陥り、「不動産不況」が続いている。その大きな原因の一つが、地方都市における過剰な不動産開発であり、30億人分の「空き家」だとも言われる。

 

この住宅建設の背景には、地方政府が過剰な開発計画に走ったことがある。中国では土地は基本的に国有であるが、地方政府はその使用権を業者に売ることに依り、収入を獲得できる。この収入を狙って、地方政府は過剰な不動産開発に走った。

 

したがって不動産不況で「地方財政」も厳しくなっている。他方でこの不動産不況の背景には「人口減少」もある。住宅取得層の中心の30歳前後の人口は、すでにピークを越えた。ちなみに中国の人口は23年末で14967万人、前年末から208万人減である。

 

出生数も7年連続の減少で、直近のピークであった16年の半減となった。「合計特殊出生率」は22年で1.09と日本の23年の1.20を下回る。女性の社会進出に伴って、結婚する人が減少し、また子育てに金がかかることも減少要因だという。

 

 このような諸事情から中国の住宅建設は、コロナ禍前の水準から60%以上減少しているが、今後10年間の新築住宅の需要は3555%減るという予測。さらにIMFの予測では、半減ということだ。一般に中国の「民営企業」は、1978年から始まった鄧小平の「改革開放策」によって大いに発展したが、習近平政権下では厳しくなっている。

 

 とくに不動産不況に発する「景気低迷」が続く。消費者物価も23年第4四半期から24年にかけて前年比マイナスが続き、1624歳の失業率も、18年以降最高の21.3%となり、23年でも17.6%、そのうち仕事を探している学生を除いても14.9%であった。これらから消費マインドも冷え込み、失業率も改善してこない。

 

したがって19年までは6%以上であった「実質GDP成長率」は、2023年の平均成長率が4.7%と低下している(202.2%、223.0%、235.2%、後述の表1)。このような経済不況に対して中国当局は、不動産価格下落の食い止め策として「融資拡大策」「利下げ・金融緩和策」を導入し、また「超長期国債」や「地方債」の発行による財政資金を投入する

 

 さて中国経済の24年の実質GDP成長率も5%ほどだが、この不況と混迷が世界経済に及ぼす影響も小さくはない。中国の工業生産は世界の3割をしめ、粗鋼、セメントは5割強、世界で生産される自動車の3台に1台が中国製で、欧州では中国製EV(電気自動車)が大量に入り込み、アメリカのテスラの業績も鈍ってきた。

 

 したがって中国経済の回復が、世界経済にとっても重要である。それゆえアメリカは「対中制裁関税措置」の一部を撤廃した。しかし他方で米国政府と欧州委員会がEVなどの関税を引き上げており、中国輸出の押し下げ要因となっている。またアメリカは、韓国半導体大手「SKハイニックス」に対する補助金と引き換えに、SKが「中国半導体メーカー」に「製造装置や技術」を提供することを禁じた。

 

 それでも中国企業は、EVを中心とした自動車産業、電子部品、業務用機械製造業などは順調である。しかし住宅不況に関連して不動産業、建設業、卸売業などは低迷し、消費が伸びない。これらから欧州、アメリカ、日本において、投資先としての中国の優先順位が低下がってきた。総じて中国企業を取り巻く世界環境と、国内の政治的社会状況が変化して、中国の実質成長目標5%は難しく、1~9月は4.9%(1~3月5.3%、4~6月4.7%、7~9月4.6%)であった。

 

 EU諸国の景気低迷とポピュリズムの伸長

フランスの政権(与党連合)は基本的に「EU支持」の観点から、EUのグローバル政策を支持してきたが、それにより地方の工業や農業が疲弊する傾向もある。そこで彼らは左派に靡きがちである。これらから「フランス国民会議」の総選挙で、「左派政党連合」が最大勢力となった。ただし左派に靡いた地方の困窮住民には、フランス右派とも結ぶ人々もいる。右派は「福祉と排外主義」を主張するからだ。

 

ドイツは「ナチ」の歴史から、右翼主義に対する警戒感が強いにも拘らず、右翼政党AfD(ドイツのための選択肢)が、幾つかの州議会で第一党になった。それは2013年の結党以来のことだが、チューリンゲン州、ザクセン州など旧東ドイツ地域の州においてである。この背景には旧東ドイツ州の人々の不満も見える。

 

旧東ドイツ出身の人口は、ドイツ全体の20%ほどであるのに、そのエリートはエリート層全体の12%に過ぎない。それゆえ東ドイツ出身の人々は「2級市民」のごとく扱われてきた意識との強いと言う。

 

他方でEUの「グリーンディール」は「産業と環境の両立」を遂行しているが、これにロシア・ウクライナ問題が重なった。そこでドイツは「脱ロシア天然ガス依存」を進めた。その結果エネルギーコストが跳ね上がり、企業の国内設備投資が抑制されている。加えてこの環境規制問題がらみで、ドイツ連立政権が崩壊した。

 

こうしてドイツの実質GDP成長率は、23年のマイナス0.3%に続き、24年もマイナスの可能性だ。東西ドイツ統一後では0203年が2年連続のマイナス成長であったが、今回はそれ以来の2回目の2年連続マイナス成長となる。人手不足から人件費も増加し、また主要貿易相手国の中国の景気低迷で、輸出も前年比実績を下回っている。この点からも設備投資も伸びない。

 

他方で「米中対立」から、米中ともに「外国からの投資誘致策」を導入してきた。そこでドイツなどの国内産業の厳しい企業は、ここに活路を見出す。とりわけ「グリーンテック企業」が米中両国に進出しているが、この背景には、「EUの押し付け規制・官僚制」に対する反発の「ポピュリスト」の動きもある。

 

そこでEUは加盟国の「再エネ企業に対する補助原則禁止」のルールを緩和し、基金を使って技術開発を支援する方針とした。またイギリスは公営企業(GBE)が、再エネを普及させ、「脱炭素化」を図る重要な役割を担うこととなった。

 

(表1)実質GDP成長率(%) 201619年は平均値 2024年は1~9月平均成長率、()内1~6

 

201619

2020

2021

2022

2023

2024

アメリカ

中国

ドイツ

フランス

2.5

5.7

1.8

1.8

2.2

2.2

4.2

7.8

6.1

8.4

3.1

6.8

0.0

3.0

1.9

2.6

2.5

5.2

 △0.3

1.1

2.8

4.9

(△0.2

( 0.3

 

しかし資本の海外進出に伴う国内経済の低迷も関連してフランス、ドイツ、オランダでは、右派勢力やポピュリストの議席が伸びている。これまで右派の主張は「自由市場」や「小さい政府」あるいは「排外主義」であり、左派の主張は「再配分拡大」などと別れていた。だが以上から分かるように、現在のヨーロッパの両派の支持者は、そのように単純に分けられない。

 

さてこれまで触れたとおり、EU経済の牽引国ドイツの景気が低迷している。23年の実質成長率はマイナス0.3%、24年もマイナス0.2%の予測である。エネルギー価格の高騰、働き手不足・人件費増加、設備投資の国外流出、主要貿易相手国の中国の景気低迷による輸出の落ち込みだ。2年連続のマイナス成長となれば、先述のとおり02年以来で、東西ドイツ統一後で2度目である。

 これらからEU全体の景気も減速気味で、消費者物価上昇率は2210月の10.6%増から、本年9月には1.7%まで低下した。したがって欧州中央銀行(ECB)は、6月に預金金利を4年9か月ぶりに下げ、9月にも2回目の利下げで3.25%とした。

 

アメリカの景気回復と日本の「円安苦境」

中国やEUの景気低迷が続く中で、アメリカ経済は、かなり順調に回復している。実質GDP成長率は22年の0%であったが、23年が2.5%、24年1~3月1.6%、4~6月3.0%と上向きだ。また9月の非農業部門の就業者数が、前月比254000人増で6か月ぶりの伸び、失業率も23年が3.6%、本年1~3月3.8%、4~6月4.0%と、2021年の平均6.8%からかなりの回復である。

 

(表2)アメリカの経済指標 前年比実質伸び率(%)および実数 *24年の伸び率は1~6月前期比年率

20162019

2020

2021

2022

2023

2024

個人消費

民間住宅

失業率

雇用者数

輸出伸び率

2.5

1229

4.2

147

2.0

2.5

1380

8.1

142

13.1

8.8

1601

5.4

146

22.9

3.0

1553

3.6

152

17.6

2.5

1420

3.6

156

2.3

2.5

1357

3.9

158

0.5

*雇用者数は非農業数(単位:百万人) *民間住宅は着工数(単位:千戸) 

 

 他方で消費者物価は、22年には前年比9.1%上昇と40年ぶりの高水準となったが、24年には6カ月連続で低下し、9月は前年同月比2.4%と鈍化している。このような景気状況と、トランプの「関税政策・物価上昇」の見通しから、米連邦準備制度理事会(FRB)は「利下げ」に慎重となろう。したがってアメリカFRBが利下げに慎重となり、先延ばし或いは小幅な利下げならば、日本の「円安からの脱出」は難しい。

 

日本は異常な低金利だが、日本の景気不安から日銀は金利を引き上げにくい。したがって日米の金利差から「円安」が続く。ところで国民全体にとって「公平な金利」は、経済成長率に等しい利率だといえよう。これより高ければ、所得格差が拡大する。富裕者は預金や投資によって高金利の恩恵を受けるが、低所得者とりわけ借金依存者は、高金利による圧迫を余儀なくされる。

 

(表3)貿易サービス収支と第1次所得収支 単位:億円    *財務省資料より作成

年度

2018

2019

2020

2021

2022

2023

貿易サービス収支

1次所得収支

6514

217704

13548

215078

2571

194709

64202

29083

232005

356276

97265

348649

 

他方で日本のような低金利では「為替下落・円安」が生じ、原材料や食料などの「輸入物価」が高騰し、中小企業や国民の生活が苦しい。また日本のカネが低金利ゆえに、海外投資や海外預金へと流出している。それゆえ海外預金の利子・海外投資の配当・海外子会社からの受け取りの増大で「第1次所得収支」が大幅な黒字となり、22年が35.6兆円、2334.8兆円(表3)。

 

逆に「貿易収支」は、22年が23.2兆円、23年も9.7兆円のそれぞれ赤字と、赤字続きである。第1次所得収支の黒字は、企業および高所得者の海外における投資や預金などに向けられがちで、国民経済に対する貢献は大きくない。このように13年から導入された日銀の「異次元金融緩和策」の多様な弊害が、なおも続いている。

 

 

 

格差経済と財政・政治改革の方位

熟慮が足りない政策スローガン

 アメリカ、日本、イギリスの「ジニ係数」は、それぞれ0.3950.3810.360で、「トップ1%の高所得者」がそれぞれ全所得の48%、45%、44%を占めるという「格差経済社会」である。いずれもレーガン、サッチャー、中曽根・小泉による「新自由主義政策導入」に依るところが大きい。

 

 日本の「貧困線」は、年収127万円以下(月給10.5万円以下)だが、これが全体に占める「相対的貧困率」は15.7%で、1人親世帯では44.5%、母子世帯では51.4%にも達している。そして母子世帯の34%が、この夏休み期間中の食事が、1日2回以下だったという。ちなみに1980年の日本の「相対的貧困率」は、8%と低かった。

 

他方で「中小企業数」は1986年の528万社から、2021年には358万社へと170万社以上も減少し、中小企業倒産も激増した。現在は「小規模企業」が305万社、「中規模企業」が53万社で、24年4~9月の倒産も、10年ぶりに5000社を超えている。逆に大手企業は「円安」の恩恵から、過去最高益を更新し続けている。

 

 このような実態からして自民党総裁選候補者の主張、例えば“企業の解雇規制を緩める”とか「所得倍増」などは、全く見当はずれだ。これでは貧困者をさらに困窮させ、所得格差を大きくする。また日本経済の発展段階からしても「所得倍増」もあり得ない。また“中小企業の賃上げ”を主張しても、そのためにどうすべきかには触れていない。

 

 他方で人口急減も深刻で農業、介護、福祉、教員など不可欠な職場が困窮し、地域コミュニティーが崩れ始めている。橋梁や水道管をはじめ「生活関連インフラ」の劣化、加えて財政赤字もひどく「国と地方の長期債務残高」はGDP2.6倍と、破綻したギリシャ政府より深刻である。

 

 抜本的な税制改革と無利子国債

 自民党や立憲民主党の党首候補者は、これらの問題にも触れてはいるが、そのための方策は語らず、「減税」とか「経済成長」など抽象論に終始した。この財政赤字の中で、減税が可能となるためには、税制の抜本的改革が不可欠だ。それには「金融分離課税」を廃止し、「労働所得と金融所得の総合累進所得税」として累進度を急カーブに強化し、税収を増やすべきである。

 

法人税に関しても改善の余地が大きい。資本金100億円以上の大企業の「法人税実効負担率(純益に対する実際の負担の割合)」は11%程度で、中小企業の2325%の半分以下である。多くの「租税特別措置」があるからだ。このような「法人税特別措置」を見直して、中小企業並みの実効負担率にすべきである。

 

ちなみに既述のとおり大企業の多くが、円安も手伝って過去最高益もしくはそれに近い利益を上げ、自社株買いで株価をつり上げている。これら大企業の結果から、企業の内部留保は12年連続で過去最高を更新して、今や600兆円を超えている。

 

さらに家計の膨大な「金融資産2212兆円・海外預金40万件」を、「財政改善のために利用する政策」も不可欠である。1100兆円に達する「累積普通国債」を全て、「無利子の国債」で借り換えねばならない。それは「相続税・贈与税ゼロの無利子100年国債」の発行により、可能となる。国民の金融資産が2000兆円以上もあるゆえ、この国債は必ず捌けるであろう。

 

莫大な金融資産所有者が「海外口座」を開いている大きな理由は、「資産隠し」や「贈与税・相続税逃れ」であろう。それゆえ「相続税・贈与税なしの国債」は、彼らにとって極めて魅力的である。ただしこの国債には、10年間は転売できないという条件を付けて、即売の異常な転売ゲームを防ぐべきだ。それでも例えばこの国債を10億円買い、それを息子に譲渡する。息子は10年経てこの国債を転売すれば、無税で10億円を手にできる。

 

こうした事情から、この無利子国債は十分に売れるであろう。他方この返済のために、政府は毎年10兆円積んでいけばよい。したがって現在の「国債費」の28兆円(24年度)との差額の15兆円以上が、社会保障などの用途に向けることができ、累積国債の懸念は払拭される。もっともこの「無利子国債」は、金持ち優遇という非難も生じがちだ。しかしこれ以外に、日本政府の異常な累積赤字を消し去る方策はない。

 

とろが政府・自民党は、逆に「国防費」のGDPの2%への増額や、「再エネ」に触れずに「原発回帰」など財政負担増の連呼だ。これらは財政の観点ばかりでなく、国民生活の安全にも反する。前者は結果的に世界の紛争を煽る。後者は「解け落ちた核燃料(原発デブリ)の取り出し」の困難からも明らかなように、大きな危険性と財政負担を伴う。

 

経済社会協議会で茶番劇の克服

 ところで「議会制民主主義」は、「自由討論」「国会議員は全国民の代表として自己の良心に従う」「多数決による結論」の3つの原理を基本としている。しかし政党政治の発展に従って、議員は「政党規約」と「政治綱領(マニフェスト)」に縛られ、自由討論に徹することはできない。

 

また国会議員は「全国民の代表」ではなく、「政党の全国組織の代表としての良心」に従う。党員はこれに反すれば、次の選挙で「公認」を得られない。したがって議会制民主主義の3原理のうち、「多数決」だけが残る。政党の「金権政治体質」も「政治資金問題」も、ここに根差している。

 

 したがってマックス・ウェーバーは「結論は与党の意見に最初から決まっているゆえ、国会は詐欺、これが言い過ぎならば『茶番劇』だ」と批判した。自民党の政治資金問題は、このような「議会制民主主義・政党政治」の欠陥に由来するゆえ、根本的な資金運用規制が不可欠だ。

 

 他方で今日の民主主義は「組織化された大衆民主主義」である。利害関係を同じくする人々が「組織」を形成し、その組織力で自分たちの代表を国会に送り込む。様々な業界、労組、農協、医師会、日教組はじめ多くの社会組織が、国会に実に多様な要求をする。そして国会はこれに応ぜざるを得ないが、国会議員は十分な知識を備えてはいない。

 

 そこで試験をパスしてきた官僚が、これらの要求を満たすべく「法律」を作る。それゆえ国会議員による「議員立法」は、全体の2割ほどにすぎず、したがって民主主義政治は、実質的に「官僚政治」に陥っている。

 

しかし先の「茶番劇」と「官僚政治」の弊害を克服するために、EU諸国はどこでも市、州、国および EU全体のそれぞれのレベルで、「経済社会協議会」の制度を導入している。ここでは諸組織の代表が一同に会し、重要な問題について「会期」なしに協議し、そのプロセスが公開される。これにより諸組織間に意見の相違があっても、最終的に「当然の事物の論理」に到達する。上程されたこの結論を、議会は無視できない。

 

 

 

 

 日本経済劣化の推移と賃上げの格差

賃金および家計消費の“持続的な実質低下”

表1は10年間ごとの経済指標の伸びを示している。GDPは9808年度および200010年度のそれぞれの10年間下がり続けたが、201120年の10年間にやや伸びた。しかしこの間に消費者物価もほぼ同じ程度の伸びゆえ、この10年間も実質GDPは伸びていない。

 

(表1)GDP・家計消費 ・賃金・消費者物価・輸出額の10年ごとの倍率(単位:倍)

 

GDP

家計消費

賃金

消費者物価

輸出額

197686年度

198797年度

199808

200010年度

201120年度

2.00

1.40

0.98

0.94

1.08

1.56

1.16

0.90

0.94

0.97

1.60

1.20

0.92

0.91

1.00

1.42

1.16

0.98

0.97

1.06

3.00

1.64

1.44

1.30

1.09

(出所)財務省『主要経済指標』から作成

 

他方で賃金もGDPとほぼ同じ軌跡であるが、落ち込み度合いはGDPの低下より大きい。消費者物価の推移を考慮した「実質賃金」は、マイナスの度合いがさらに大きいからだ。それゆえ家計消費の低下度合いが最も大きく、最近の10年間も低下し続けている。しかもこの10年間は消費者物価上昇率が大きいゆえ、「実質家計消費」の落ち込みは過去最高となった。

 

 機械を増やしても生産性伸びず

輸出はいずれの10年間も伸びたが、伸び率は次第に縮小し、201120年度はほぼ横這いであった。このような日本経済の長期的なマクロの趨勢に対して、産業とりわけ企業の経営状況はどうか。表2における「労働装備率」は「従業員1人当たりの機械の金額」、「労働生産性」は「従業員1人当たりが稼いだ金額」、「人件費」は「1人当たりの給与と福利厚生費の合計」の「全産業」を対象とした指数(1985年度=100)」である。

 

(表2)労働装備率・労働生産性・人件費の指数(全産業、1985年度=100

 年度

1990  1995  2000  2002  2005  2010  2015  2020  2022

労働装備率

労働生産性

人件費

141   192     188  200    172    188    193    195    197

129  132     126  128    120    114    114    117    118

132  161     161  162    160    158    158    161    171

(出所)財務省『財政金融統計月報』の「法人企業統計年報特集」の各号から作成

 

  労働装備率は2002年度が最高で、1985年度の2倍(指数200)となった。しかしその割には労働生産性が上昇せず、85年度比30%弱の伸びに過ぎない(指数128)。それゆえ05年度には装備率を02年度より15%ほど落とした(指数172)。それに伴って労働生産性も低下した。これを修正すべく、10年度も15年度も労働装備率を上昇させたが、労働生産性は下がり続けて、生産性が最高であった1995年度より15%ほども低下した(指数114)。

 

 この生産性が再び上昇するのは、装備率を95年度ほどの水準に上げた20年度(指数195)からであるが、それでも生産性は95年度より10%ほども低い(指数117)。何故か。第1に「成熟飽和経済」では基本的に「多品種少量生産」であるから、もはや「大量生産による機械効率」はあり得ない。第2に後述の「大企業の買いたたき」による「中小企業の生産性の低さ」である。99.7%が中小企業であるゆえ、これが生産性全体の低下を引き起こしている。

 

このように生産性の低空飛行ゆえ、「人件費」も85年度より60%ほど高いが、横這いを続けている。しかも生産性の落ち込みが大きかった1015年度はさらに低下し、指数は160を切った。これには正社員を非正社員に切り替えた「リストラ」の影響もあろう。

 

 しかし20年度と22年度は「労働装備率」を上げ「生産性」も幾分か上昇させ、人件費も上昇させている。これは特に「人手不足」が影響しており、「給与および福利厚生費」を上昇させたからであろう。ただし、この人件費アップの数字は、大手企業によるところが大きく、中小企業の人件費は、必ずしも上昇していない。それは次に見る最近の賃上げ格差からも予測できる。

 

 拡大する賃上げ率の格差

労働組合「連合」の5450組合集計では、24年春闘の「基本給の賃上げ率」は、従業員300人以上の1468組織の平均が5.19%であった。これに対して300人以下の中小企業3816組織では4.57%であった。またパートや契約社員などの「非正規社員」は、時給ベースで5.74%と高くなった。

 

 これらは1991年以来33年ぶりの高水準な賃上げであり、非正社員の賃上げはとくに高水準であるが、これも人手不足を反映している。しかし連合の労働組合組織は、大企業が多く、また組織率は16.3%(23年)である。したがって、この連合集計には、大多数の中小企業が含まれていない。

 

 そこで「従業員30人未満企業」を対象とする厚労省の「毎月勤労統計」を見ると、一般労働者の賃上げ率が2.1%、パートの時給が2.8%で、全体の賃上げ率は2.3%と低い。それでも、やはり33年ぶりの高率である。そしてこれらの時間当たり賃金平均は1488円となった。しかしこれらの賃上げ率は、連合の先の5.19%および4.57%に遠く及ばない。

 

ちなみに1991年の春闘賃上げ率は5.66%、所定内給与(基本給)4.5%であったが、90年の「人件費」が指数132と低かったゆえ、景気下降にも拘らず91年は高い賃上げ率になった。労働組合の組織率が25%以上と現在より10%以上高かったことも、これを可能にしたと言えよう。

 

これに対して23年の賃上げ率は、大手を含む全体平均が3.58%に過ぎない。これは中小企業の賃上げ率の低さを反映している。先述のとおり24年でも「中小企業の賃上げ率」は2%台と低い。一方でこのような「企業規模による賃上げ率格差」は、現在の労働組合の組織率が低いことにもよる。

 

(表3)資本階層別「売上高経常利益率」の推移(年度間の平均 %、全産業)

資本金

1000万円  1000万円~1億円未  1億円~10億円未満  10億円以上  

200811年度

201215年度

201619年度

202022年度

  0.5        2.0          2.8       4.0

  1.9        2.9          3.7       7.0

  2.5        3.5          4.3       7.9

  2.4        3.3          4.6       8.6

  (出所)財務省『法人企業年俸特集』の各号から作成

 

しかし賃上げ格差の最大要因は、大企業と中小企業との「利益率の差」である。

表3のとおり「売上高経常利益率」は、資本金10億円以上の大企業は2022年度は8.6%、2122年度は9%以上であり、欧米並みとなった。これに対して資本金1000万円以下の企業は2.4%、1000万~1億円未満企業でも3.3%に過ぎない。

 

企業の利益率は「業種業態」によって異なるが、大企業も中小企業も年を追うに従って利益率を上昇させてきた。しかしその上昇度合いは、大企業のほうが圧倒的に大きい。

これらの最大要因は、大企業による中小企業に対する「買いたたき」である。

 

 いかにして最低賃金を引き上げるか!

さらに「円安」がこの傾向をいっそう強めている。円安により「輸入原材料価格」が201022年間にほぼ2倍以上となったが、中小企業が大企業に納品する価格の「企業物価」は18%ほどの上昇に過ぎない。この上昇の格差が中小企業の利益を抑え込み、賃上げを難しくしている。ちなみに「大手製造業」はアセンブリー、つまり中小企業から仕入れた部品の「組み立て産業」ゆえ、輸入原材料価格上昇の影響余り受けない。

 

 こうした状況に鑑みて厚労省の「中央最低賃金審議会」は、24年の「最低賃金(時給)」を、23年の1004円から50円引き上げて1054円にする方針を決定した。ちなみに22年のEUの同指標は、「賃金分布の中央値の60%」を国際指標とし、イギリスは中央値の3分の2まで最低賃金を引き上げる方針を出している。

 

 実際に韓国、フランス、イギリスの「最低賃金」は、すでに同中央値の6割前後であるが、日本は45%に過ぎない。それゆえ24年の「政府の最賃指標」が「過去最高の引き上げ幅」を出したのも当然だ。さらに27県が、これを超える引き上げ目安を出している。しかし非正規の雇用や労働時間を減らさずに、この引き上げを実現するには、まず「大企業による買いたたき」を止めることが不可欠だ。従来のの最低賃金は、徳島県の896円や岩手県の943円をはじめ殆どの県が900円台であり、6都道府県だけが1000円を超えている状態であった。

 

ところで経団連の「24年大手企業の夏のボーナス」は、従業員500人以上の20業種156社の平均妥結額が前年比4.23%増の94.1万円で、1981年以降で2番目となった。化学、電気、貨物運送を除く16業種で前年より増え、とくに円安の恩恵が大きい「自動車」は17.83%の最高の伸びである。

 

円安が「ドル建て輸出の円換算額」および「海外子会社の利益の円換算額」を上昇させたからである。ちなみに例えば23年度の「全産業の総経常利益」の60%を、資本金10億円以上の大企業が占めている。この大企業数は、全企業数の0.3%に過ぎないのだ。

 

以上より明らかなとおり、日本経済を正常な軌道に戻すには、「買いたたき」を法律によって修正させ、同時に中小企業が結束して「大企業に対する拮抗力」をつけることだ。それには従来の「近代的なパラダイム」からの脱却が不可欠。「過当競争・効率主義」自由か平等かなどの「二項対立思考」「科学技術重視・自然の軽視」など、従来のイデオロギーや「ものの見方・考え方」の修正が不可欠である。

 

 

 



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