プーチンの怯えとチキン・レース
プーチン大統領は2014年に、ウクライナ領に属する「クリミア自治共和国」をロシア連邦に編入したが、その際にはNATO諸国もそれほど問題視しなかった。クリミアにはもともと親ロシア派の住民が多いゆえ、「クリミア自治共和国」を形成した。したがってこのロシア編入を問う住民投票でも、編入支持が多数派となったが、そのこともNATOの編入黙殺に繫がった。ただしアメリカも欧州連合各国も、この編入を認めていない。
しかいずれにせよプーチンはなぜ、この編入を試みたのか。実はアメリカのブッシュ大統領(息子大統領)は、ウクライナおよびジョージアをNATOに加盟させることを提案した。それ以来プーチンは怯えてきた。ロシアの西側がNATOに囲まれれば、ロシアの国防力は危ういとの強い心配からだ。
けれどもブッシュのこの提案にはドイツとフランスが、とりわけドイツのメルケル首相が反対を表明した。ところがメルケルが首相の座を降りたからには、ブッシュの提案が実現する可能性もあり、プーチンの怯えが強まった。またアメリカも何をし出すか分からないトランプから、温厚と思われるバイデンに変わった。そこでプーチンの怯えに野心も加わって、ウクライナ侵略となったと言えよう。
一般に「戦争」は「チキン(鶏、臆病者)・レース」すなわち「臆病者レース」から始まる。例えばお互いにビクつきながら、真正面から全速力で車を飛ばし、やがて相手は恐怖からハンドルを切るであろうとレースを続ける。その結果、正面衝突となる。これが戦争であり、しばしば怯え度合いの強い方が先に手を出す。
太平洋戦争の際の「真珠湾攻撃」も、今回のプーチンのウクライナ侵略も「チキン・レース」の結果だ。驚くことに嘗て「国際関係論」や「国際政治学」でも「チキン・レース」に似る「パワー・ポリティクス論」が流行り、ついに「キューバ危機」となった。幸いにケネディとフルチショフの気転で、すんでのところで戦争が避けられたが、今日でも依然として「パワー・ポリティックス論」を振りかざす政治家や国防論の輩も少なくない。
ちなみに「パワー・ポリティクス論」は、自国の利益を保持するために、主権国家同士が軍事・経済・政治的手段を用いて互いに牽制しあう政策である。
対話と譲歩の可能性----武器の供与は大量殺人
さてNATO諸国は、プーチンの無謀なウクライナ侵略を容認できず、こぞってウクライナに武器を供与している。言うまでもなくプーチンの侵略戦争は認められないが、この武器の供与は戦争を長引かせ、その結果いっそう多くの人命を失わせる。領土より何よりも最重要なのは「人命」であり、戦争を中止させることこそが、国連をはじめ世界の使命だ。そのための十分な努力が傾注されているだろうか。
NATO諸国などのような経済的、政治的ならびに軍事的圧力だけでは、プーチンの独善性と恐怖を、逆に煽ってしまう。侵略を中止させるために重要なことは、いち早く「対話と譲歩の場」を作り、プーチンの恐怖を和らげることだ。先ずは、ウクライナなどへのNATOの拡大を撤回し否定する。
さらにロシア編入前のクリミアと同様に、ウクライナに属する「自治共和州」を提案する。ウクライナ国家の中の親ロシア派が多い地域を、ウクライナに属する「自治共和州」にすることを提案し、ウクライナとロシアおよびNATO諸国の代表も交えて話し合う。そしてこの間のプーチン侵略も戦争をも中断させることである。
世界5番目の軍事大国日本----世論工作に抗すガンジー主義の熟慮
ところでプーチンはウクライナ侵略のための「世論工作」をして、なお多くのロシア国民の共感を獲得している。世論工作の最大の武器は「国民を怯えさせること」(ノーム・チョムスキー『メディア・コントロール』)と言われるが、そのために虚偽や誇張を利用する。一般に虚偽や誇張は、トランプ元大統領をはじめいずれの国でも、若干の政治家やマスコミに見られるとおりだ。
日本ではどうか。岸田政策は「防衛予算拡張」を提言し、国民の中にもこれを容認する機運も出始めている。中国の「アジア太平洋進出」政策や、台湾との再統一を表明する習近平の行動、ロシア艦船の動き、北朝鮮のミサイル実験などから、少なからぬ国民が戦争の恐怖を感じて始めているからだ。
とくに防衛省と外務省が無意識に、北朝鮮や中国政策の脅威を喧伝し、一部の政治家やマスコミもそれに躍っている。またウクライナ戦の悲劇的な報道も、国民を恐れさせる。こうした中で「敵基地攻撃能力」を言い換えた「反撃能力」「防衛費予算拡張」を政府・与党は提言した。
たしかに習近平の異常な性格、「共産党書記長から国家主席(毛沢東)の地位を獲得」するための「全体主義体制強化」や「台湾再統一」の言動に対して、ある程度の警戒は必要だ。しかし、それを「日本の軍備拡張」に結びつけることは危険だ。先述のとおり戦争は「チキン・レース」「軍拡競争」の結果ゆえ、戦争回避のためには「反撃能力」より「対話能力」を重視すべきである。
そもそも日本の防衛力は弱いのか。これまで軍事費はGDPの1%以内としてきたが、
最近10年間にわたって軍事費を伸ばし続けてきた。とりわけ安倍政権は「トランプ忖度」により、イージス・アショアのごとく無意味かつ「危険な対米従属策」で、軍事大国を推進した。日本は20年にはアメリカ、ロシア、中国、インドに次ぐ世界5番目の軍事大国となった。ただし現在の円安為替レートの防衛費は、ドル計算で日本の前にドイツ、フランス、サウジアラビアが入り、日本は8番目となっている。
22年度の防衛費予算は5.4兆円で、8年連続過去最高を更新した。しかも昨年度の補正予算を含む16カ月予算では6.17兆円でGDP比1.09%である。6年前からの防衛費予算の増加額は、「文教科学振興費」の4.8倍、「公共事業費」の3.4倍にも達している。
このように日本は既に軍事大国であるのに、NATO諸国がGDPの2%を軍事費に充てるから、日本も2%つまり現在の2倍を目指すという。無意味かつ危険な政府・与党の方針だ。戦争は「チキン・レース」の結果だということを再認識すべきである。
さらに何よりもまず、敵味方関係なく全ての「人命」は、「国家領土」より遥かに大切だ。国家や領土は、プーチン、習近平をはじめ特定の政治家の野心ゲームの道具になる場合もあり、人命の重要さとは比較にならない。ガンジーが「非暴力・抵抗主義」を説いた意味を、世界はもう一度熟慮しなおして、行動すべきである。
(2022年6月15日記)