田村正勝コラム:少子化・格差是正が最大の景気対策-----「無利子百年国債」と「談合」でアベコノベミクス克服-----

(1)未婚の増加と少子化は必然的か!

 25人の若い女性のうち結婚している1人以外はほとんどが同棲、また比較的年齢の高い女性もほぼ同じであった。さらに結婚していても子供はないか、一人っ子が圧倒的であった。これは80年代半ばの西ドイツのある企業風景だ。筆者は80年代半ばに「ドイツの照る日曇る日」をドイツから連載寄稿したが、その一つに「緑豊かなれども崩れゆく家庭」というテーマでこれを取り上げ、少子化と子供手当について述べた。

 さて現在の日本はドイツ以上の「少子高齢化社会」となっており、これが世界最速のスピードで進展している。したがって少子高齢社会化が「経済成長率」の低下と「年金」問題を深刻にしてきた。それゆえ政府は一方で企業の設備投資を促して経済成長を、他方で現在の出生率1.4人を1.8人にまで引き上げるという政策を模索しているが、いずれも見当外れで効果が期待できない。そこで先ず少子化の背景を検討してみよう。

 20~40歳人口の婚姻関係の国際比較を見ると、日本は結婚している割合が63%と高いが、同棲の割合は韓国と同様に低い。それゆえ「未婚・未同棲」の割合が30%と高い。これに対してヨーロッパ諸国では結婚している割合は40%を切るが、同棲している割合が25~30%と高いゆえ「未婚・未同棲」の率は低い。アメリカは結婚と同棲いずれもその中間だが、「未婚・未同棲」の割合は日本よりは低い。

 ちなみに韓国は「未婚・未同棲」の割合がきわめて高く、人口問題が日本以上に深刻となる可能性がある。もっとも未婚・未同棲でも子供の数は必ず少なくなるとは限らない。子育てのための社会制度が充実すれば、婚外子が増えるからだ。実際にフランスでは50%が、スウェーデンでは55%が婚外子である。

(表1)20~40歳代および30歳代(カッコ内)の婚姻率・同棲率・未婚率(%)

 

日本

韓国

米国

フランス

スウェーデン

 未婚・未同棲 29.7(24.9)  35.8(26.7) 29.1(24.1) 25.7(18.7) 27.6(15.6)
同棲 1.3(1.8) 1.3(1.7) 12.4(10.7) 29.2(32.0) 25.6(28.8)
結婚 63.9(67.8) 61.8(70.7) 46.0(52.5) 38.2(44.3) 40.7(51.4)

  *内閣府「少子化に関する国際意識調査(2010年10~12月)」から作成

 

 

(2)未婚が増加する要因

 いずれにせよ人口動態を考えるうえで、若者および中年の婚姻をはじめ社会的背景を把握することが必要である。厚生労働省の『人口動態統計の年間推計』によると、年齢を問わず人口1000人当たりの婚姻関係は、日本では結婚が6.1件で離婚が1.77件ゆえ「2.9組に1組」つまり結婚した3組に1組が別れており、離婚率は先進諸国で6番目となっている(表2)。

(表2)人口1000人当たりの離婚件数と順位

 1ロシア

2アメリカ

3ドイツ

4イギリス

5フランス

6日本

7イタリア

4.5 3.6 2.19 2.05 1.97 1.77 0.91

  *厚生労働省の『人口動態統計の年間推計』 *カナダは国連のデータがない

 これに対してアメリカでは結婚が6.8件、離婚3.60件であるから、6.8件結婚しても3.60件の離婚、つまり「結婚した2組のうち1組」は離婚ということだ。日本の場合、まだアメリカの状態にまでいってないが、とはいえ約3組に1組が離婚している日本ゆえ、東京都に限ってやや立ち入ってみると、東京に住む25歳~35歳の女性の約6割が実は未婚である。

 1985年の東京都の調査では25~35歳女性の未婚率35%、2010年では57%と22ポイントも未婚率が増えている。とくに未婚率の高いのは渋谷区だが、いかにも独身風で楽しそうな女性がここでは多く見受けられるかな?それはともかく総務省『国勢調査報告(2010年)』によると、全国平均の女性の未婚率は20代前半で約9割、20代後半では7割と当然にも高い割合だが、30代でも未婚率は半分程度で、東京都の6割ほどではないが全国でも同じように未婚が増えている。

 他方でこの国勢調査によると40歳代の未婚男性は、1990年に約10%であったが、2010年に25%と増えた。さらに「50歳の時点で一度も結婚をしたことのない人」の割合を示す『生涯未婚率』(国立社会保障・人口問題研究所)は、5年ごとの調査で一度も下がることなく上がり続け、2010年の統計では男性20.14%、女性10.61%だ。

 したがって男性の約5人に1人、女性の約10人に1人は、人生で一度も結婚をしていない。さらに2020年にはこれが男性26.0%で女性17.4%、2030年には男性29.5%、女性22.6%に上がるという推計データがある(『厚生労働白書』2010年)。

ではなぜ婚姻率が低下するのか。たとえば“コスパ”つまり「コスト・パフォーマンス(費用対効果)が合わず、結婚にはメリットがない」「特定の相手に一生縛られ続けるマイナス、2人分の生活費もかかるマイナス」という若者も少なくない。ある調査では女性が結婚しない理由の1番がコスパだという。しかし一般的には、所得が低くて結婚できないという若者の増加、非正社員の増加が大きな要因だと言える。

 1995年には正社員が3779万人、非正社員が1001万人であったが、2014年12月の段階では、それぞれ3277万人と1974万人となり、この間に正社員が約500万人減少し、非正社員が1000万人増え、被雇用者の40%が非正社員(厚生労働省調査)となっている。コスパを理由にする若者の多くは正社員で、所得が理由の若者の多くは非正社員であろう。要するに少子化に歯止めを掛けるには、第1に「所得格差」を緩和する政策が重要である。

(3)少子化をいかにして克服するか

 しかしフランスやスウェーデンに見られるように、結婚しなくとも子育てができる。したがって第2に「子供養育手当」をはじめ「子育てに資する多くの社会制度」を充実することが重要である。

 たとえばかつての西ドイツの「キンダー・ゲルト(子供養育補助金)」は、年収約500万円以下の家庭に対して、子供1人の場合は月6000円、2人の場合は1万8000円、3人では4万4000円、4人で7万3000円と1人当たりの支給額が増加していく。年収500万円以上の家庭では、それぞれ6000円、1万4000円、3万3000円、4万8000円であった。もっとも今日ではこれは縮小されている。

 翻って日本が国家の巨額な財政赤字を解消して、こうした制度を実現するには、かなりの経済成長が必要であるが、それが可能であろうか。ちなみにこの20年間で名目成長率が3%を達成したことはないが、アベノミクスの「GDP600兆円」を達成するためには、この3%成長が不可欠である。

 さて経済成長は「技術革新」と「人口成長率」に依存するが、その人口が減少する傾向ゆえ経済成長には限界がある。またピケティは『21世紀の資本』で、格差社会の世界的な拡大の理由を「人口成長率の低下」と「金融グローバリズム」を上げた。要するに先進諸国は何処でも、人口成長率の低下が「低成長」と「格差社会」を生み出し、それが更に人口成長率を低下させるという悪循環に陥っている。そのトップが日本である。

 ところでドイツの歴史家シュペングラーは『西欧の没落』(1917年ミュンヘン)の中で次のように述べている。この文明の象徴は「世界都市」であり、ここに流通する貨幣は形式的、抽象的、知的な力で、政治や宗教までも支配する。また大衆は故郷を持たない「頭脳的流浪の民」であり、極度な知的生活から「不妊症」となり「人口減少」が持続する。同時に知性は「空洞化した民主主義」とともに破壊され、こうして西欧文明は21世紀になると、無制限な戦争を伴って滅びると指摘した。

 

(4)アベコベノミクス-----格差拡大と年金不安の膨張

 スマホに没頭する者が「頭脳的流浪の民」と「知的生活」であるかどうかはともかく、経済成長を維持し、人口成長率の低下を防ぐのは、このように難しい課題である。しかしアベノミクスはこうした状況判断が出来ていないので、効果が逆の“アベコベノミクス”となっている。

 第1に消費税は基本的に逆累進なのに、この税率をアップして消費不況を深化させた。同時に「軽減税率」の導入により財政改革を困難にする。軽減税率は対象の線引きが曖昧であり、低所得層より高所得者の負担減の方が大きく、これも逆累進である。さらにこの減額1兆円のために「医療・介護の公的支出」が削減される。

 それゆえ第2に「子育てのための社会的制度」の充実も不可能である。さらに第3に「改正労働者派遣法」によって、非正社員(派遣社員)の減少を阻み「格差社会」を助長する。第4に円安政策によって貿易赤字を増大させ、輸入原材料の価格を高騰させ企業のコストを増やした。とりわけ「下請け中小企業」はこの影響をもろに受けて苦しくなり、中小企業と大企業の利益格差、双方の従業員の所得格差を大きくしてきた。もっとも現在は、原油価格の国際的な下落によって、この格差も貿易赤字もやや緩和されている。

 第5に大企業の株価吊り上げに加えて、政府と日銀が株価の吊り上げ政策を採っているが、株式は11%、投資信託には9%の国民が参入しているだけであるから、これも所得格差を大きくしている。同時に国民の年金基金をこれに使うことによって、年金の将来を危うくした。すでにこの運用によって最近では、10~15兆円以上の基金の目減りもしくは変動が生じた。

 第6に「日銀の国債買い」の金融緩和によって、銀行に戻った国民の預貯金が国内外双方のファンドに超低金利で融資され、これが日本の不動産を買い占めて、再び「不動産バブル」とした。これも国民の所得格差を大きくし、一般国民の「持ち家」願望を遠ざけた。加えてマイナス金利によって、このバブルの可能性がいっそう大きくなっている。ちなみにマイナス金利を導入したデンマークでは、住宅需要が増大したことから、住宅価格が45%も跳ね上がって、逆に購入しにくくなっている。

 日本では15年の不動産向け融資が、26年ぶりに年間過去最高融資の10.6兆円となり、融資残高合計も9月に70兆円を超えて過去最高となった。またJリート指数(不動産投資信託指数、2003年=1000)が、15年4月に1900と超高騰した。もっともこの時点で内外ファンドが目ぼしい不動産を買い占めたことから、その後はこの買い占めが下火となった。

 それゆえファンドの円はドル買いに回って円安が進み、また同指数も9月には1500に下がった。けれどもその後、中国マネーが日本の不動産買いに入ったことと、日銀のマイナス金利策の導入とによって、16年2月時点でこの指数は再び1850と跳ね上がっている。

 

(5)法人税の逆進性をいっそう強める法人減税

 第7にアベノミクスは法人税の減税により、企業の設備投資を促して、経済成長を図るという。しかし今や大企業を中心に企業の内部留保は過去最高の354兆円、金融機関の内部留保との合計では402兆円となっているゆえ、また人口減少や潜在成長力の低下が見込まれるゆえ、この減税によって投資が促進されることはない。同時にこの減税は財政改革を困難にする。また利益を上げ法人税を納めている企業は、大企業中心に全体の3割ゆえ、法人税減税は大企業の優遇となり、企業規模による従業員の所得格差を大きくする。

 ちなみに国税法人税の「法定税率」は25%ほどであるが、これに近い税率で法人税を納めてきた企業は、資本金5000万円以下の中小企業であり、10億円以上の大企業の納めた「実効税率」は10%弱程度にすぎない。このように法人税は逆進的であるが、この税率を下げることにより、大企業はますます有利となる。ちなみにマスコミの報道もエコノミストも「法定税率」と「実効税率」を混同しているゆえ、実態に合致する報道がなされていない。

 しかも企業に対する「租税特別措置」による政策減税は、2014年度には1.2兆円に上り、その約6割が資本金100億円以上の巨大企業に向けられたという。この法人税を安くする「租税特別措置」だけで87項目もあり、特定の業界や地域が対象となるものが多い。とりわけ「研究開発減税」は12年度の3952億円から、14年度には6746億円と1.7倍となった(朝日新聞)。

(6)子供養育手当制度の充実-----無利子百年国債で財政赤字の緩和

 これまで検討してきたように、少子高齢社会化を緩和するには、一方で国民の所得格差を縮小して、低所得ゆえに結婚できない人口を減らすことが重要である。また他方で、社会全体で協力して子供を養育する制度の充実が必要であるが、その為には国の財政赤字を解消し、毎年25兆円にも及ぶ「国債費」を、これに振り向ければ良い。

 この財政問題は本誌でも再三述べたとおり「相続税・贈与税免除の『無利子百年国債』による国債の借り換え」以外に、有効な手段はない。マイナス金利の10年物国債が売れる現実からして、無利子国債も確実に捌けるであろう。これに対してアベノミクスや多くのエコノミストおよび御用学者の主張する「経済成長による財政赤字の解消」などは画餅にすぎない。今日の「成熟飽和経済」の実態を理解しない暴論だ。

(7)格差社会の緩和による少子化対策----中小零細企業のオープンな談合

 もうひとつ結婚を望む人の希望をかなえて少子化を緩和するには、格差社会を解消して生活困窮者を減少させることが不可欠である。それにはオランダ流の「同一価値労働同一賃金の時短ワークシェアリング」が最重要である。そのためには前回の本誌で述べたとおり、中小企業の「同業者組織」と「労働組合」が相互に協力して「社会に開かれた談合」を推進するほかはない。

 これによって中小零細企業の「川上インフレ・川下デフレ」を克服し、中小企業でもオランダ流のワークシェアリングと「有給休暇の完全消化」が可能となるようにすべきだ。ちなみに大企業も中小零細企業も「年次有給休暇の完全消化」を実現すれば、これが190万人ほどの新規雇用を産み出し、年間15兆円超の追加所得を産む(日本生産性本部)。被雇用者の7割以上が中小零細企業に雇われている現実からして、これらを可能にするところの先の「開かれた談合」は“社会的正義”に適い、同時に最大の景気対策だと言えよう。

 少子化が将来の年金支給を困難にし、同時に経済の将来も危うくする。こうした状況で、アベノミクスは年金基金を株式に投資し、さらにはマイナス金利策を導入したが、それが国民の生活不安を煽り、不況脱出をも困難にしている。先の西ドイツのキンダー・ゲルトからも明らかなように、あるいはフランスやスウェーデンの婚外子からも窺えるように、抜本的な対策を打たない限り少子化が進展する。

 この抜本的対策は先ず「ゼロ金利国債」で財政赤字を緩和し、「子供養育の社会制度」を充実させることだ。さらにオランダ流の「時短ワークシェアリング」の導入によって国民の所得格差を緩和することである。それには中小零細企業の「社会に開かれた談合」が不可欠だ。これらによりある程度の経済成長も可能となる。逆にマイナス金利では、成長率をもマイナスとなる。すべての国民に公平な金利は、経済成長率に等しい金利だと言えるが、マイナス金利は「成長率のマイナス宣言」と同じで、不況を深化させる。