(1)円高・株安の持続か!---薄商いの隙突くヘッジファンド
円高・株安の悪連鎖----動けぬ日・米の中央銀行
円高・株安の連鎖が止まらない。大型連休の谷間となる2日の東京市場では円相場が一時1ドル=106円台前半と約1年半ぶりの高値水準を付け、5月3日までの6日間で6円の円高。ロンドン市場では一時は105円台ともなった。また円高による輸出企業の業績不安から日経平均株価も急落した。さらに4月のアメリカの新規雇用者数が、予想より大幅に少なかったことなどから、この「円高基調は1ドル=100円台に向かう」との声も、また株式市場では「1万5000円が下値」との声も出た。
4月末から相次いだ日米の金融政策決定会合の結果を受け、「円高・ドル安」が勢いづいた。追加緩和を見送った日銀策に対する思惑と、米景気減速で米連邦準備制度理事会(FRB)の6月利上げが見送られたことが背景だ。加えて米財務省は4月29日に貿易相手国の通貨政策を分析した「半期為替報告書」を出したが、これも円高の要因となっている。
この報告書は、対米貿易黒字が大きい日本や中国、ドイツなど5カ国・地域を「監視リスト」に指定した。米当局は相手国が大規模な為替介入などを続ければ、対抗措置をとるとしている。年明け以降の「円高・ドル安」については「市場は秩序的だ」とし、日本が円売り介入に動くことを改めてけん制した。
アメリカ経済も日本経済も激変なし----株価に踊らない!
アメリカの16年1~3月期のGDP成長率は、前期比0.5%増で、15年10~12月期1.4%増から3分の1の減速成長となった。とくに従来のドル高と新興経済の減速とにより、輸出が落ち込み「貿易赤字」の改善が見られない。対日貿易赤字も14年が670億ドル、15年690億ドル、15年10~12月期が年換算で716億ドルと増加してきたから、アメリカ財務省の先の「半期為替報告書」となった。
しかしアメリカ経済は減速してきたとはいえ、個人消費はなお堅調であり、たとえば4月の新車販売台数は11年ぶりの高水準の150.6万台、年率換算では1742万台で過去最高の1747万台に迫る。また雇用も4月の新規はやや少なかったが、すでに大幅に改善し、16年通年の成長率は、15年と同じく2.4%が見込まれる(IMF)。
他方で日本経済は「産業空洞化」ゆえに、ここ数年は「輸出数量」は10年度より10%ほど少ない。しかし14~15年の「円安」のため、自動車をはじめ輸出大手企業は「輸出額の水膨れ」で、高利益をあげて株価も上昇した。だが最近の「円高」によって「輸出額の円換算水膨れ」の利益がかなり減少するから、株価も低下する。
けれども東証一部上場企業は、全企業の0.05%の1900社超ほどにすぎないゆえ、株価が下がっても、景気にそれほどの影響はない。また株式売買に参加している国民は、全国民の11%にすぎず、さらに最近の売買額の6~7割が、外国人投資家による売買であるゆえ、「円高・株安」が、日本経済に大きく影響することはない。
(表1)全産業の純利益と人件費総額および株式配当の指数(00年度=100)
06年度 | 07年度 | 10年度 | 11年度 | 12年度 | 13年度 | 14年度 | |
純利益 | 335 | 301 | 222 | 246 | 283 | 280 | 490 |
人件費 | 100 | 98 | 98 | 101 | 99 | 96 | 96 |
全配当金 | 312 | 270 | 200 | 229 | 269 | 278 | 325 |
*人件費は従業員の給・賞与と福利厚生費
しかし日本経済が不況から脱出する兆しもまだ見えない。表1のとおり企業の利益とりわけ大企業の利益が、長年に亘って賃金上昇に至らず、株式の配当や内部留保を厚くしている。これを下請け中小企業や賃金に回し、さらには従業員の有給休暇の取得を容易にすることが大切である。こうして家計を楽にし、多くの国民が国内でカネを使えるようにすべきである。次に見る「国民のカネの行き先」を見ると、それが不況脱出のもっとも有効な手段であることが理解できよう。
(2)日本企業の海外M&A-----過去最高の8.2兆円
目立つ「保険」分野
国内需要の低迷にともない「保険分野」を中心に、買収によって海外に活路を見いだす「M&A(合併・買収)」案件が目立つ。日本企業が15年度に海外企業に対して実施したM&Aは「件数」「金額」ともに14年度を上回り過去最高となった(レコフ調査)。件数は前年度比6.9%増の591件、買収総額は2.8%増の8兆1939億円。
この海外企業買収の金額上位10件のうち、半数は保険会社が絡んだケースである。「東京海上ホールディングス」の米社買収(9413億円)を筆頭に、「三井住友海上火災保険」の英社買収(6420億円)「明治安田生命保険」の米社買収(6283億円)など巨額のM&Aが相次いだ。
邦銀の「海外M&A融資」-----世界のM&A全体の6割に関与
他方で国内市場の成長が低迷するなか、日本の「大手銀行」も「海外M&A(合併・買収)向け融資」を増加させ、その融資金額は15年に過去最高水準となった。調査会社の「ディールロジック」によると、全世界のM&Aのうち日本の銀行が関わった案件は、15年が59%と14昨年の46%から大幅に上昇した。
15年の世界のM&A向け投融資は、シンジケートローンなど4730億ドル(約57兆円)にのぼるのが、その約60%の部分に日本の銀行が関わったと言うことである。
日本のいわゆるメガバンクは、かねてから「国境を越えた融資」で上位に付け、M&Aを通じて海外における成長を目指す「国内企業」に、巨額の融資を行ってきた。だが最近では、このように「日本企業を含まない案件への融資」が目立っている。
たとえば15年10月に発表されたベルギーのビール大手「アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)」によるイギリスの同業の「SABミラー」の買収(1040億ドル)である。これに関しては総額750億ドルの融資のうち、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)、みずほフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャル・グループ(SMFG)の3行が、それぞれ約40億ドルの融資に応じている。
しかしこの額は、3行が海外で行った融資全体のごく一部にすぎず、15年9月末の海外融資残高は「三菱UFJフィナンシャル・グループ」が42兆4000億円、「みずほフィナンシャル・グループ」が22兆6000億円、「三井住友フィナンシャル・グループ」が20兆5000億円であった。ただし各行は、そのうちどれほどが「M&A向け」だったかは公表していない。
金融緩和策で助長される「外国企業M&A融資」
日銀の異常な金融緩和策によって大手行は膨大なカネを手にしたが、国内では大手企業を中心に354兆円と過去最高の内部留保となっているから、融資先が見つけにくい。それゆえ一方で内外ファンドに超低金利で融資し、「不動産バブル」を引き起こしている。他方で、このように「海外における融資」を活発にしている。
三菱UFJフィナンシャル・グループは、08年に米金融大手「モルガン・スタンレー」の株式の20%を取得し、同社と日本で合弁事業を展開している。この米金融大手モルガン・スタンレーとの提携関係が、世界M&A融資における役割拡大に役立ったともいわれるが、そればかりではない。
こうした提携がない大手行も「世界M&A融資」に積極的で、たとえば「みずほフィナンシャル・グループ」は、イスラエルの製薬大手「テバ・ファーマシューティカル・インダストリーズ」によるアメリカの同業「アラガンの後発薬部門」の買収(15年7月発表、買収額4050億ドル)に、340億ドル相当を融資している。
各国および各産業とも世界的な不況からの脱出を試みるなか、また経済グローバル化とりわけ金融グローバル化の今日、次に見る「世界のクロスボーダーM&A」の増大とともに、邦銀によるこの融資傾向はさらに強まるであろう。
(3)活発な世界の「国境を超えるクロスボーダーM&A」
世界のM&Aが7年ぶりの1兆ドル超-----資金調達の容易さが後押し
トムソン・ロイターのデータによると、15年に「“完了した”世界のクロスボーダーM&A総額」は前年比20.5%増の1兆818億ドルで、2年連続で増加した。クロスボーダーM&A件数も9463件と、前年の9067件から増加した。世界的な低金利で企業の資金調達が容易になったことも、M&Aの増加を後押ししたとみられる。M&A総額が1兆ドルを超えたのは、08年以来7年ぶりである。
また先進国経済の回復や欧米企業間での事業再編などを背景に、とくにM&A総額の約7割を占める欧米向けが、大幅増となった。世界市場でのシェア拡大や研究開発力強化などを目的に、事業の「選択と集中」を加速させる「欧米企業間のM&A」が増加している。
被買収国・地域別にM&A金額をみると、とりわけEU向けのM&Aは41.7%増の4631億ドルに拡大し、件数も3773件から4148件に増加した。構成比の大きい英国は前年比77.8%増、フランスが78.3%増と、「被買収額」が高い伸びを示したほか、アイルランド向けが約6倍に急増した。EU以外の欧州ではスイスの被買収額が313億ドルとなった。
また米国に対するM&Aも、2736億ドルと前年から35.4%増加し、全体の25.3%を占めた。件数も1263件から1347件に増えている。他方で東アジア(日本を除く)向けのM&Aは、欧米の伸び率を下回る11.3%増の1003億ドル、構成比は9.3%にとどまった。香港、中国、ASEANに対するM&Aが増加した一方、韓国、台湾向けは減少に転じた。日本企業に対するM&Aは35.1%減の71億ドルであった。
東アジア諸国による買収も増大の一途-----中国による買収が日本を抜く
これらとは逆に、日本を除く「東アジア諸国による買収額」は18.9%増の1501億ドルとなり、7年連続で増加している。シンガポールを中心とするASEANと韓国が減少したが、中国、香港、台湾が増加した。域内最大の中国のM&A総額は37.4%増の687億ドルに拡大した。他方「日本企業によるM&A」は24.7%増の659億ドルとなり、11年の670億ドルに次ぐ高水準となった。
同様に欧米諸国による買収の「世界のM&A全体に占める割合と金額」は、米国企業が17.0%増の2175億ドルで全体の2割を占め、EU企業は9.6%増の3695億ドルで34.2%を占めた。しかしEU加盟国では、最もシェアの高い英国によるM&Aが3.2%減の926億ドルとなった一方、ドイツが9.1%増、フランスは57.7%増、アイルランドは2.3倍と買収額が増加した。EU非加盟のスイも2.2倍の631億ドルに急増している。
この世界のM&Aを業種別に見ると、製造業のM&Aが51.2%増の4624億ドルとなり、とくに機械・機器(1578億ドル)と、化学(1321億ドル)分野の買収額が大きかった。機械・機器分野においては、事業の選択と集中を進める欧米企業のM&Aが多い。また化学分野では、主力製品の相次ぐ「特許切れ」や「後発薬」の普及などを背景に、医薬品メーカーの再編が加速しており、M&A総額はピークだった07年に次ぐ水準に達した。
(以上クロスボーダーM&Aは、通商弘報ca8b05362ef1fb29、16年4月27日を参照)