(一)避けられない年金制度の見直し
年金会計15年度は赤字
社会保障給付額はほぼ年々増加しているが、14年度の給付総額は112兆1020億円で、過去最高となった(国立社会保障・人口問題研究所)。それは次表のとおり「介護や子育て」などの福祉関連と「医療費」の増大によるところが大きい。これに対して最大項目の「年金給付額」54.3兆円は、統計を取り始めた64年以降はじめて前年度比マイナスとなった。これは14年4月に支給額を0.7%引き下げたからだ。
(表1)14年度社会保障給付額(単位億円、カッコ内は前年度比伸び率)
年金 | 医療 | 介護・子育て・その他 | 合計 |
543,429(△0.5%) | 363,357(2.0%) | 214,234(4.6%) | 1,121,020(3.6%) |
では年金会計はどうなっているか。厚生年金と国民年金を合わせた「15年度の年金決算(時価ベース)」は、5年ぶりの赤字となり、3兆2458億円の過去3番目に大きい赤字となった。
(表2)厚生・国民年金15年度決算赤字(単位億円)
厚生年金赤字 | 国民年金赤字 | 年金赤字合計 |
27,448(△50,000) | 5,009(△3,000) | 32,457(△53,000) |
まず「国民年金」では「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」による「運用損」が3000億円と、「被保険者の減少」による3261億円の「保険料収入の減少」などにより「5009億円の赤字」となった。これに対して「厚生年金」では「GPIFの運用損」が5兆円となったが、他方で「保険料率の引き上げ」により、前年度より3兆8509億円の増収があったなどから、赤字は2兆7448億円に止まった。
GPIFの運用と年金制度が抱える問題
ところで15年度のGPIFの「運用損」は5.3兆円であるが、15年度末の年金積立総額は134兆7475億円である。したがってこの運用損は、積立総額のわずか4%ではある。しかし年間給付額の10%ほどに当たる。これをどう見るか。ちなみに本年4~6月期だけの運用損が5.2兆円超となった。
この運用損はリーマンショック時の07年度と08年度には、それぞれ5.5兆円と9.3兆円に上ったが、今回はこれに次ぐ運用損である。GPIFは14年10月に「基金の株式に対する運用比率」を、従来の24%から50%に引き上げて、14年度は15兆円超の「運用益」を出した。世界的に株価が上昇したからだ。
しかし15年度は世界的に不況風が吹き株価が下がってきたから、株式運用はマイナスとなった。GPIFの「株式運用」だけに関する15年度の損失は、国内株式が3.5兆円、外国株式が3.2兆円で合計6.7兆円となっている。ちなみにこの「株式運用比率の引き上げ」は、アベノミクスによる株価吊り上げ策に協力する意図も含まれている。
ところで一人の年金受給者を「何人の現役世代で支えるか」を見ると、これは1970年までは10人の現役世代が、現在は2.8人が、60年には1.3人、70年には1人という予測値である。したがって年金会計は極めて厳しくなり、年金制度を維持するために大幅な制度改革が不可欠であり、この点からしてGPIFの運用も、リスクをとった運用で、より大きな運用益を狙わざるを得ないともいえる。
けれども「対株式運用」の拡大は、14年度~15年度に象徴されるとおり、運用損益の幅を大きくする。そして「年金積立総額」が小さくなるにつれ、これが年金制度全体の不安定化に繋がる。いま触れたとおり「年金受給者に対する現役世代の割合」が急激に減少するから、年金積立総額の目減りも急激に進む。
こうして「年金給付額」と「年金保険料率」との割合も、年金支給年齢も、今後さらに見直さざるを得ない。同時にGPIF自体もしくはその運用内容の再考も避けられないであろう。
(二)危うい金融緩和策----国債大量買い・マイナス金利・ETF買い増し
なぜETFの買い入れ増しか、大丈夫か!
日銀の「上場投資信託(ETF)の買い入れ」にも、これと同様な不安が付きまとう。これまで日銀はETFを13年に1兆円、14年10月に3兆円、15年12月に3.3兆円買ってきたが、本年7月末には、この買い入れをほぼ2倍の6兆円にすることにした。
このETFは多くの人から資金を集めて株式などに投資する「投資信託」で、証券取引所に上場され、個別の株式と同様に売買できる商品である。したがって日銀の「FTE買い入れ増額」は、GPIFの株式投資と似た性格の問題を抱える。それにも拘らずFTEの買い入れ増額を導入したのは、政府の28兆円の景気対策に歩調を合わせ、いっそうの金融緩和をしてアベノミクス応援するためである。
すでに日銀は市中から年間80兆円の国債を買い続けており、総額400兆円ほどの国債を保有している。この「国債買い」は今後も続け、さらに金融を緩和する手段として「ETF買い」の増額を決めたのである。
日銀のこれまでの金融緩和策とマイナス金利策は、円安とこれによる大手企業の「ドル利益の円換算水膨れ」を増大させ、さらに「訪日外国人旅行客(インバウンド)」を増加させ、また株価を吊り上げたが、国民経済全体の景気プッシュにはなっていない。
また既に15年末からの「円高」の進展によって、大手の水膨れ益も株価の上昇も逆転してきた。さらに金融緩和の主目的である「消費者物価上昇率2%」には程遠く、「生鮮食品を除く消費者物価」は、前年比マイナスのままである。
弊害も大きい「国債大量買い」と「マイナス金利策」
他方でこの政策によって近々に、日銀がGDPに匹敵する国債を保有することになり、その後始末がきわめて難しい。将来に後始末による「大不況」か、逆に「ヘリコプター・マネー」のばら撒きにも似た「ハイパーインフレ」をもたらしかねない。この点から金融緩和策自体が問題である。加えて今回の「ETF買いの増額」は、株価の動きにつれ、日銀の赤字を大きくする可能性を秘めており、金利政策など金融不安に繋がりかねない。
すでに度々述べたとおり日銀の金融緩和策による400兆円ほどのカネは、一方で大手行により超低金利で内外の大手ファンドに融資された。これが不動産バブルを引き起こしている。他方で大手行に渡った巨額が「海外融資」として流出し、国内にカネが回り難くなっている。
同様にマイナス金利策の弊害も大きい。マイナス金利策による金融機関の貸出金利の低下で、一部の不動産投資は活発となった。「賃貸物件」に投資する人に国内銀行が貸したカネの残高は、6月末時点で約21.7兆円と過去最高となっており、4~6月に新たに融資した額は、前年同期比約3割増であった(日銀)。
また住宅ローン金利も過去最低水準となったゆえ、この借り換えが増えているが、新規の住宅ローンはそれほど伸びていない。このような不動産向け融資を除けば、融資はあまり伸びず、たとえば7月の全銀行の貸出残高は前年同月比2.1%増と、マイナス金利導入前を下回っている。
他方でマイナス金利策によって、金融機関の運用益が減少した。たとえば銀行大手3グループの4~6月期決算の「純利益」が、前年同期より3割ちかく減少している。さらに「公的年金の運用益」の同様な減少や、その他の「公的財務」の悪化にもつながっている。ちなみに「ゆうちょ銀行」は、10月から同行利用者どうしの送金手数料を一部有料にするが、これは「マイナス金利策」によって運用益が減少したからだと言う。
(三)横這い続きの景況----4~6月期もゼロ成長率
16年4~6月期のGDP成長率(季節調整済前期比)は、1次速報値において実質は0.0%、年率換算では0.2%となった。しかし次表のとおり15年第4四半期がマイナス0.4%、16年第1四半期がプラス0.5%であったから、昨年末から殆ど成長していないと言える。すでに見たとおり「初歩的な金融論」だけに基づく「危うい金融政策」と「アベコベノミクス」とが、多くの弊害をもたらし不況を持続させている。
この16年4~6月期の「実質GDP成長率」のうち「内需の成長寄与率」は0.3%とプラスであったが、「財貨・サービスの純輸出(外需)」は0.3%のマイナス寄与率であり、この結果から実質成長率0.0%となった。内需のプラスは2四半期連続だが、外需のマイナスは4四半期ぶりとなった。これは円高が進んだことにより、輸出額が減少
しているからだ。7月の輸出も前年同月比14.0%減で、10か月連続の前年同月比減である。
(表3)四半期ごとのGDPおよび各項目の前期比増減率(季節調整済み%)
GDP | 個人消費 | 民間住宅投資 | 企業設備投資 | 公共投資 | 輸出 | |
15年10~12月 | △0.4 | △0.8 | △0.5 | 1.2 | △3.3 | △0.9 |
16年1~3月 | 0.5 | 0.7 | △0.1 | △0.7 | 0.1 | 0.1 |
16年4~6月 | 0.0(0.2) | 0.2(0.6) | 5(21.3) | △0.4(△1.5) | 2.3(9.5) | △1.5(△5.9) |
この成長率の内訳を見ると、民間最終消費支出(個人消費)は、実質0.2%増と2四半期連続の増加。レクリエーション、飲食サービス等が減少した一方、自動車、テレビ等が増加したからだ。また民間住宅が実質5.0%増と3四半期ぶりの増加となったが、先述のとおり、これには「低金利策」が奏功したと言えよう。
しかしこの政策にも拘らず民間企業設備投資は、実質マイナス0.4%と2四半期連続の減少である。さらに民間在庫は3四半期の間ほとんど増減なしだが、これも景気が低迷しているから当然であろう。
他方で政府最終消費支出は、実質0.2%増と8四半期連続の増加となったが、とくに公的固定資本形成(公共投資)が実質2.3%増で2四半期連続の増加となっているからだ。もっとも公的在庫は、実質0.0%と横ばいであった。
外需のうち「財貨・サービスの輸出」は、実質マイナス1.5%と2四半期ぶりの減少となった。船舶・同修理、鉄鋼製品、石油製品等が振るわなかった。また「財貨・サービスの輸入」は、実質マイナス0.1%と3四半期連続の減少だ。衣服・身の回り品、医薬品、半導体製造装置等が減少している。この結果「財貨・サービスの純輸出(輸出-輸入)」の成長寄与率がマイナス0.3%となった。