(1)ITの導入で「うつ病」と自殺者激増
長時間勤務で自殺者年間2000人
日本の自殺者は98年から11年までの14年間に、年間3万人を超えていたが、これは自殺をはかって24時間以内に死亡した人数である。自殺が原因で死亡した全人数は年間5万人であり、この14年間に70万人が自ら命を絶っている。これはリストラされた40歳代と50歳代の男性および30歳代のうつ病患者の自殺が増えたからである。
しかし12年以降は徐々に減少し、現在は24時間以内に自殺で亡くなった年間の人数は、2万5000人程度だが、なお先の「電通社員」や「関西電力社員」のような痛ましい事件が後を絶たない。一般的にはITの導入により、リストラが頻繁となると同時に、正社員の労働時間が延長されていることが、これらの大きな要因である。
ちなみに国際労働機関(ILO)の99年の「IT使用に関するレポート」によると、ITの使用が原因で、アメリカでは毎年生産年齢人口の10人に1人が「うつ病」にかかり、その治療に関連した国民支出はGDPの3~4%の300~440億ドルに達している。同様にイギリスでは10人に3人が精神的な不調を感じ、その他ドイツ、フィンランド、ポーランドなどITが盛んな国では、アメリカと同様にうつ病治療に毎年GDPの3%ほどが使われているという。
日本でも事情は同じはずだが、このような「うつ病治療対策」が採られていないことに加え、正社員の長時間労働が野放しにちかい状態であることから、悲劇がなくならない。ITの導入が一方でリストラ・非正社員の増加と、他方で正社員の長時間労働をもたらしたが、これらに対する日本の政治・行政も企業も形式的にはともかく、実質的に適切な手を打ってこなかった。長時間労働などの「勤務問題」絡みの自殺者は、現在でも年間2000人を超える状況が続いている。
過労死残業の実態----守れない労働法制
ようやく政府は、10月7日に「過労死等防止対策白書」を閣議決定した。この白書で「労災認定」の目安となり「過労死ライン」とされる「1か月間の残業時間が80時間」を超える正社員がいる企業は22.7%に上ると指摘した。これに先立って厚生労働省は、15年12月~16年1月に亘る企業約1万社と労働者約2万人を対象として調査した。次表(1)(2)は、その結果を筆者が作成したものである。
(表1)業種別の過労死残業が行われている企業の割合(%)
業種 |
情報通信 |
専門技術サービス |
運輸・郵便 |
全業種平均 |
割合 | 44.4 | 40.5 | 38.4 | 22.7 |
このように「情報通信業」「研究や専門的な技術サービスの提供」「運輸通信」で、過労死ラインを超える社員が多いのは、人員不足に加え「予定外の突発的な仕事」が入ることなどによると言う。また「医療・福祉」や「サービス業」においてストレスを強く感じている社員の割合が多いのは、人手不足と専門職の故であろうが、日本の全正社員の約37%が強いストレスを抱えている。その最大要因が、残業で睡眠時間が足りていないということである。
こうした産業や企業の実態から、企業の「コンプライアンス(法令遵守)」が疑われる。労働基準法の法定労働時間は1週40時間、1日8時間であり、これを越えて労働させた場合は、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金であるが、実際にはこれが守られていない。
ただし36協定で一定の時間の延長(時間外労働)が、割増賃金(割増賃金率25%以上)をともなって認められるが、それにも次のような限度が設けられている。1週間15時間、2週間27時間、4週間43時間、1か月45時間、2か月81時間、3か月120時間、1年間360時間。さらにこれを超える労働時間や深夜および休日労働には、より高率の割増賃金となる。こうした法令が遵守されれば、過労死など発生するはずがない。
(表2)業種別の高いストレスを抱える正社員の割合(%)
業種 | 医療福祉 | サービス | 全業種平均 |
割合 | 41.6 | 39.8 | 36.9 |
(2)企業の法令遵守(コンプライアンス)と道徳------フィランソロピーとメセナ
ところで法令遵守に関しては、この様な労働に関するばかりでなく、「自然環境に配慮」した生産・運輸・サービスを規定する「ISOシリーズ14000シリーズ」をクリアしなければ取引が難しくなっている。他方ですでに少なからぬ企業が「慈善活動(フィランスロピー)」や「芸術・文化貢献(メセナ)」に参加している。
企業は今やコンプライアンスばかりでなく、ISOのクリア、慈善活動やスポーツおよび芸術などに労働力や資金を援助し、要するに「徳行」を心掛けるようになった。いずれも「企業の社会的責任」として重視されるようになっている。またそれが、企業のいっそうの利益に繋がることも少なくない。このように自由経済も企業もすでに大きく変わってきたが、この点を日本の企業、とくに大手企業は自覚すべきである。