田村正勝コラム:農業の再建と避けるべき「対米朝貢外交」

(一)最重要な日本の農業再建と発展策


農業の衰退と食料危機の可能性

 トランプ政権は案の定、日本の自動車と農業のいっそうの解放を求める意見書を、世界貿易機関(WTO)に提出した。完成車には日本は関税をかけていないが、独自の認可や販売網があるから問題だと言う。他方でアメリカは乗用車に2.5%、小型トラックには25%の関税をかけている。また農業も補助金その他で手厚く保護している。さらにアメリカはWTOの紛争解決手続きが自国に不利益となる場合は、その判断に従わない方針を表明している。

  このようなアメリカの主張を、まともに聞く必要はない。とくに日本の農業を護ることは最重要な政策である。日本の食料自給率は39%で、先進国中で最低である。また水田の国土防衛機能は決定的だ。日本は世界平均の2倍の降雨量で、その上に欧米人が「滝」と言うほどに急峻な河川である。しかし水田や棚田の下が巨大な貯水庫となっているから、国土が流出されずに維持されている。

 この重要な農業が、次第に廃れる危機に遭遇している。農業人口は20年前の半数で200万人を切り、平均年齢は65歳以上が65%を占める。また耕作放棄地は20年前と比べ7割増え、農業算出額は15%減っている。ところが世界人口は50年に97億人となると見られることから、20年の主要国の飲食料品規模は09年に比べて倍増すると言う。この世界需要の増大は、一方で日本の「食料危機」の恐れと、他方で「日本農産物輸出による農業再建」との相反する可能性を秘める。

 こうした事情を考慮すると、日本農業の再構築が最重要課題であるが、その為には地道な政策が不可欠であり、アメリカの要求に応える余地など全くない。そもそも日本の農業は「猫の目農政」と揶揄されるほどに一貫性がなく、農業に関してこれほどまでに無防備であった国政は見当たらない。

 

世界は手厚い農業保護政策

 アメリカでは食料確保が、軍事とエネルギーと並ぶ「国家安全保障」の柱とされている。それゆえ「価格支持策」などで農業を手厚く保護し、高い食料自給率を維持してきた。その保護の結果生じる過剰在庫は、一方でWTOやFTA(自由貿易協定)を通じて輸入国の市場開放を要求し、輸出のはけ口を創る。他方で保護策に伴う財政負担が嵩むと、独占的な輸出力を利用して、価格を吊り上げることにより財政負担を軽くする。

 アメリカにかぎらず、農業保護政策は一般的である。関税はたとえばカナダがバター300%、脱脂粉乳200%、EUはバター200%、アメリカはバター120%、脱脂粉乳100%。これに対して日本の農産物の平均関税は12%で、スイスの41%、EUの20%、韓国の62%より遥かに低いが、例外はコメの280%(輸入額何円あたり何円といった決め方の従価税換算値)と小麦の210%である。米や豪はこの引き下げを要求している。

 しかし殆どの国が「基幹食料」には高関税を設定し、さらに農業所得に対して政府支払いをする。この政府支払いはフランスが90.2%、アメリカもコメに対しては60%、その他平均で26.4%。だが日本の政府支払いは15.6%と先進諸国でもっとも低い。しかも「価格支持策」を全廃したのは日本だけだ。ただしコメの「政府買入価格」はあるが、これは「備蓄用のコメ」に限定されており、米価の下支え機能はない。

 ところで日本はコメ需要の減少に伴う「値崩れ」を防ぐために「減反政策(国による生産制限)」を採用してきたが、これを17年で廃止し、農家が自由に生産量を決めることにする。これにより競争が進み、コメの値段が安くなり、この競争に耐えられない農家はコメ生産を止める。したがってコメ農家の集約化が進み、農業大規模化と生産性の向上につながる。これが担当省庁の読みであるが、果たしてどうか。

 いかに大規模化が進み、これによってコメの値段が安くなろうとも、輸出できるほどの価格低下は望むべくもない。大規模化が実現したとしても、アメリカ、カナダあるいはオーストラリアなどの農業規模には到底及ばない。むしろ品質で勝負するなら、あたかも「日本酒」や「日本茶」のように輸出の可能性も開ける。農業規模を大きくするよりは、品質の向上に資するような政策が重要であろう。同時に食糧危機の恐れの「自給率39%」を克服する政策こそ、喫緊の課題である。

 

 

(二)安倍政権の朝貢外交


アメリカの要請と財政赤字

 現在の平均的な家計は、ある月に思わぬ10万円の追加所得があっても、その10万円のうち3万円ぐらいを消費し、残りは貯蓄するのが一般的である。教育や年金はじめ将来不安も多く、低成長経済から将来所得の伸びも期待できない。また購入したい或いは購入すべきモノも余りない。したがって消費は抑制され、つまり「限界消費性向」は0.3程度である。

 これに対して1964年のオリンピックころの日本経済は、高度成長で将来の収入の伸びも期待でき、将来の生活不安も少なく、買いたい商品も沢山あった。この状況で10万円の追加所得があれば、8万円ぐらいを消費し、限界消費性向は0.8ほどであった。

 ところでアメリカはかつて、日本の輸出を抑えて貿易黒字を減少させようと「日米構造協議」を皮切りに「日米包括経済協議」「年次改革要望書」「日米経済調和対話」を要求した。そして日本の内需を喚起して輸出を抑えるべく「国内の公共投資」として、海部内閣に対しては10年間で430兆円を、さらに村山内閣に対しては630兆円を要請した。政府はこれを了承したが、それが今日の財政赤字に繋がっている。

 

無意味な70万人雇用協力

 限界消費性向が0.8ならば、1兆円の公共投資から追加所得が5兆円ほど生まれるから、ここからの税収は1兆円ほどで、この公共投資のための1兆円の国債発行は赤字にならない。しかし限界消費性向が0.3だと、この公共投資から生まれる追加所得は1.4兆円ほどで、そこから上がる税収は3000億円ほどであり、この公共投資は7千億円ほどの赤字となる。

 したがってアメリカが要求した公共投資は、これに全部は応えなかったが、今日の財政赤字の大きな要因であった。ちなみにモントリオール・オリンピックも、ロンドン・オリンピックも、長野冬季オリンピックも、かなりの赤字であったが、20年の東京オリンピックも同じであろう。外国人がいかに大勢来ても、今日の先進諸国の「小さい限界消費性向」からすれば、これも当然だ。

 さて安倍政権は日米首脳会議に向けて、アメリカにおける70万人雇用創出に協力し、日本の資金を最大限に活用する指針を出した。しかしアメリカは既に完全雇用状態にあり、このトランプの要求を鵜呑みにすべきではない。またアメリカの雇用の実態は極めて出入りが大きく、日本の視点からの雇用協力はあまり意味がない。

 

危険な対米朝貢外交

 アメリカの「被雇用者」は1億4500万人に上り、「会社の都合」による平均的な1か月間の「離職者」は150万人、実労働日1日当たり7万5000人(クルーグマンのコラム・朝日朝刊1月13日)。こうした状況で70万人の雇用創出に意味があるのか。そのために日本のメガバンクや政府系金融機関による融資のほか、外国為替資金特別会計、公的年金基金を運用するGPIFの資金の活用も見込む。もっともGPIFに関しては、国内で反対も多く引っ込めるらしい。

 具体的には5本のパッケージにより、10年間で51兆円の市場と70万人の雇用創出だという。それは①アメリカにおけるインフラ投資17兆円、②世界のインフラ投資の連携で22兆円、③ロボットと人工知能の連携6兆円、④サイバー・宇宙空間での協力6兆円、⑤雇用や技術を護る政策連携。このほか日米以外の市場を一緒に開拓し、民間航空機の共同開発や原発の共同売り込みで、約17兆円の市場開拓を目指す。これはトランプへの「朝貢外交」以外の何物でもない。政府と官僚は何を考えているのか。日本の老朽化した危険なインフラの再建が先決問題である。

 トランプ政策は矛盾だらけだ。たとえばメキシコからの輸入品に20%の関税をかければ、メキシコ進出の日本企業1000社も打撃だが、GMなど米のメーカーと雇用も大打撃である。米自動車はメキシコから116万台をアメリカに輸出し、その生産に使う部品は米国製が多く、また米国内企業が輸入する自動車部品の4割がメキシコからだ。

 日本はこのようなトランプ政策と、慎重に冷静に向き合うべきだ。先の雇用創出策を「日米成長雇用イニシアチブ」と名付けて推進すると言うが、これは朝貢外交である。それによって一部の大手企業が得をすることがあっても、一般国民が犠牲になる。先の「日米協議」の名のもとに要求された公共投資が、今日の財政赤字に繋がったことを忘れてはならない。