(一)温暖化対策に目覚めたアメリカ----トランプの消極姿勢は実現不可能
アメリカと中国は、地球温暖化対策に関する「京都議定書」には参加しなかったが、その後はこの問題の深刻さに鑑み両国が積極的となり、それに途上諸国も引っ張られることにより「パリ協定」が成立した。とくにアメリカではオバマ政権が「温室効果ガス」の削減を重視して“30年までにCO2を05年比で32%削減する”という「クリーンパワー・プラン」を構築した。
ところがトランプ政権は「パリ協定」にも拘らず、「クリーンパワー・プラン」を撤廃し、石炭産業の規制もはずし、「国有地における新たな石炭採掘を原則禁止」の規制も、「メタン排出規制」も撤廃すると言う。こうして石炭産業の保護とその雇用を重視する「大統領令」を出した。
しかしこれとは逆に全米50州のうち30州が、電力会社に「再生エネルギー」の割合を増やす目標を課している。また米国内の「石炭産業」の雇用は7万人に満たないが、「再生エネルギー」関連の雇用は65万人以上だと言う。さらに全米の発電電力量に占める石炭火力の割合は、07年に30年ぶりに50%を切り、16年には31%まで落ち込んでいる。
他方でアメリカは途上諸国の温暖化対策を支援する「緑の気候基金」に、その総額の3割に当たる30億ドルの拠出を表明してきた。また金融機関の企業評価は、その企業が「自然環境」に配慮した経営かどうかを重視するようになっている。したがって投資家もこの点でも「企業の社会的責任」を重視し、「社会的責任投資(SRI)」を増加させてきた。すでに05年の時点でアメリカのSRIは274兆円となったが、世界全体のSRIは14年に21兆3600億ドル(約2,328兆円)となり、世界の全株式時価総額の50%に達した。
こうした諸点から、先の「トランプ大統領令」が実現されるか疑わしい。当然にも温暖化対策に熱心なカリフォルニアやニューヨークなどの州が、この大統領令に対する訴訟を検討し、既にカリフォルニア州は提訴している。
(二)原発コスト高騰と再生エネのコスト低下---日本政府・財界の理不尽な姿勢
このようにアメリカ社会は、地球温暖化に対する意識を「京都議定書」の後から急速に強めて、諸措置を講じ遂行してきた。それはカリフォルニアその他の干ばつや、山火事、砂漠化、巨大ハリケーンなど、地球温暖化の被害を実感しているからであろう。この被害の点では日本も、季節外れの巨大台風や豪雨などアメリカと同じである。しかしパリ協定に遅れるなど、日本政府や財界などの意識は、世界的に非難されるほどに低い。
他方で財界や官僚・政府は、この温暖化対策の点からも「原発」が必要だと言うが、それは問題のすり替えである。とくに地震列島の原発は危険であるうえに、原発は最もコストの高い電力源となっている。また企業や家庭の省エネにより、今や必要電力は、90年の水準まで下がっているし、再生エネルギーの発電コストもますます低下している。要するに原発は不必要であり廃止すべきである。国民も「原発廃止国債」などにより、電力企業の方向転換に協力することが重要だ。
ところで「東芝」は、米原子力子会社の「ウエスチングハウス(WH)」を切り離すために、日本の「民事再生法」に当たる「米連邦破産法11条」のWHに対する適用を申請した。これでWHは経営破綻した。また他方で東芝は1兆円以上に上る負債を返済して再出発を図るために、「半導体部門」を分社化して売却するが、これとの関連で重要な問題が明らかとなってきた。
(三)盛り上がる上がる中国のIT関連ベンチャーと日本政府の忖度
ところで現在の中国は、半導体の自給を目指して大々的な投資を計画している。中国の半導体消費量は“世界の半分“を占めるが、自給率は3割以下であり、中国本土の企業に限ってみると、自給率は10%程度である。したがって16年の半導体輸入額は約25兆円で、最大の輸入製品である。この背景にはIT関連のベンチャー企業の動きがある。
中国政府は14年に「大衆の創業、万人のイノベーション=双創」を提唱し、15年には政策としてこれを本格化した。起業支援拠点としての「衆創空間」を設立し運営する政策を導入した。この衆創空間は16年11月時点で3155にも上り、その40%以上に中央政府もしくは地方政府が支援していると言う。
他方デジタル時代の突入により「少ない資金で起業」が可能となった。はじめはインターネットを活用するサービス業が主流であったが、3Dプリンターやレザーカッターなどの普及により「少ない資金・少人数の製造業」の起業も可能となってきた。したがってベンチャー資本投資も14年から急増している。ただしその投資分野は37.5%がインターネット関連、ITが12.8%、通信サービスが7.4%である。
さて以上の中国の状況から、東芝の半導体部門の売却には、当然に中国や台湾の企業が手を挙げた。とくに台湾のホンハイは3兆円で買うという。しかし日本政府は、これを安全保障の観点から規制する。そして経済産業省が後押しする政府系の「産業革新機構」が軸となるところの「日米連合」への売却を勧める。
しかし経済産業省の施策が、これから述べるように、東芝の失敗をもたらしたと言えるが、この政府の売却介入も、再び東芝を苦しめる恐れなしとしない。政府は東芝の半導体技術を「安全保障」に係わる技術と見て、中国や台湾に対する東芝の「半導体部門の売却」の中止や見直しを勧告した。それは「外国為替及び外国貿易法」(外為法)の趣旨、つまり「国際社会の安全の維持を促す」と言うこの法律の趣旨に外れるという理屈である。このような政府案に沿って、果たして買い手がつくであろうか。
しかも東芝の米半導体子会社「東芝メモリー」の売却をめぐって、協議先の米ウエスタンデジタル(WD)は、売却の差し止めを求める申し立てを「国際仲裁裁判所」に申し立てた。こうして売却がスムーズにいかないならば、東芝はいっそう厳しくなる。
(四)ブッシュ政権の「原子力ルネッサンス」に踊った日本の経済産業省
この東芝の半導体の売却については、様々な事情と影響が考えられるが、この売却の原因となった東芝の「WHの買収」とは、一体どんな事情だったのか。
アメリカはスリーマイル島の原発事故以降は、原発新設が困難になっていた。しかし05年にブッシュ政権が「包括エネルギー政策法」によって、電力会社や原子炉メーカーに多額の補助金を出し、税制でも優遇策を採り「原発の新設」を促した。ちなみに今度のWHの「米連邦破産法11条」の適用についても、この税金による補助金も問題にされよう。
それはともかく日本の経済産業省「資源エネルギー庁」等は、このブッシュによるいわゆる「原子力ルネッサンス」に対して、原子力産業の「日米一体化」を企図した。そして両国の電力会社と原子力メーカーが協力して、「原発」を建設するという枠組みを提供した。この枠組みに“協力させられた”もしくは“自ら進んで協力した”のが「東芝のWH買収」であったと言える(『月刊日本』17年4月号、山岡論文参照)。
この東芝のWH買収まではWHは三菱重工と提携し、東芝と日立はゼネラル・エレクトロニクス(GE)と提携してきた。しかしこの東芝の“出し抜き”に対抗して、三菱重工はフランスの「アレバ」と提携し、日立はGEと合弁会社を設立した。けれども現在、三菱重工は経営難に陥っているアレバを支援せざるを得なくなり、また日立もGEと手掛ける核燃料の技術開発で、約650億円の損失の見込みとなった。
東芝問題だけで断定すべきではないが、このような経過から推測できるように、政府や官僚の思惑に対しては、よほど慎重に対処すべきである。また官僚も専門的な知見だけに拠る「特殊な了見」を一般化して忖度すべきではなく、その視点の狭隘さを常に反省しなければならない。
ちなみに文科省の「パン屋」を「和菓子屋」に差し替える「道徳教科書検定」などからも類推できるように、官僚や政府は概して狭隘な特殊な知見だけを以て、企業に干渉する傾向が見られるが、彼らの見解をオープンにして、様々な立場の見解を考慮したうえで方針を示すべきであろう。ちなみに現在の政府の「審議会」や「専門家会議」は多くの場合、御用学者や御用専門家の集まりにすぎない。