ローカル通貨による地域経済の再生----家計・地域福祉・自然環境・公的財政に貢献----


(1) ローカル通貨の伝統-----経済グローバル化から地域を守る

 ビットコインなどの法定通貨ではない「グローバルな仮想通貨」が問題を引き起こしている。他方でやはり法定通貨ではないが、地域限定の「地域通貨」(ローカル通貨)によって「地域経済」を活発にし、さらに、これを地域福祉や環境保護に役立てるという方法も進展している。これを発行するのは、地方自治体、商工会議所、NPO法人など様々な団体であり、日本でも200ほどのローカル通貨が出回っているという。

 

 アングロサクソン流の「経済グローバル化」は、基本的に「弱肉強食」の論理であるゆえ、グローバル化により繁栄する地域はかなり限定され、大部分の地域が困窮化し没落していく。それゆえローカル通貨の導入は、イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど、グローバル化が進んでいるアングロサクソン系の国ほど盛んである。しかし今や世界的に導入されて、やや古い統計でも世界全体では3000以上のローカル通貨が展開されている。

 

 そこでローカル通貨の基本的な循環を、たとえば「千葉まちづくりサポートセンター」の「ピーナツ」というローカル通貨を援用して見てみよう。介護ボランティアをした青年に、対価として2000ピーナツが支払われる。その青年は床屋の散髪料3000円分を2000ピーナツと1000円で支払う。床屋は八百屋で2000円分の野菜を買い、これを青年から受け取った2000ピーナツで支払うか、あるいは1000ピーナツと1000円とを組み合わせて支払うこともできる。

 

 このようなローカル通貨が、地域内で回転速く流通すれば、地域経済は活発になるが、そのためには幾つかの条件が必要だ。第一に単純に計算するために1ピーナツは1円と換算され、域内だけで通用し、円との交換はないということ、第二にピーナツの取引を承認する個人や業者がいること、第三に流通速度を速くするためにピーナツを一定期間以上使用しない場合には、減価する仕組みとすることなどだ。例えば2000ピーナツを受け取っても、1か月以上使用しなかったら、これに200円印紙を貼らないと2000ピーナツと認められないとする。

 

 このようなローカル通貨のシステムは、世界ではレッツ(LETS Local Exchange Trading System)と呼ばれるが、その仕組みはほとんど同じである。第一にこれに参加するか脱退するかは自由である。第二にこれには利子はつかず、逆に貯めておくと減価する。第三に共有システムであり、情報は必ず公開され、システム維持にかかる費用は参加者全員で負担する。

 

 

(2) ローカル通貨の淵源は「労働交換証券」-----日本では藩札など

 このレッツは、1830年代のロバート・オーエンの「労働交換証券」にまで遡ることができる。一定の労働の交換、たとえば「私が3時間、君の庭の手入れをするから、次は君が私のところの介護をしてくれ」という方式であるが、これが多角的になればローカル通貨方式となる。そして、これに「カネは経済の活動の最後には消え去るべきで、貯めるようなカネは駄目だ」というシルビオ・ゲゼル(1862~1930)の思想が加わった。

 

 さて「時間泥棒」の『モモ』(1973年)で有名となったミヒャエル・エンデは、この流れを受けて「ローカル通貨」を主張し、今日の経済システムを批判している(『エンデの遺言』日本放送出版協会2000年)。第一に「マルクスの最大の誤りは、資本主義を変えようとせずに、国家に資本主義を任せようとしたこと」である。第二に「今日の経済システムの犠牲者は、第三世界の人々と自然だ」という。

 

 そして第三に「パン屋でパンを買うカネと、株式取引所で扱われる資本としてのカネとは、まったく異なった種類のものだ。これをなぜ一緒にしているのか。これらを切り離すべきだ」という。このようなエンデの主張もあり、ローカル通貨が70年代以降かなり広まってきたが、実はすでに1930年代の世界大恐慌時に、ローカル通貨が盛んとなっている。この大恐慌によって、どこの地域も苦しくなったから、ローカル通貨で立て直しを図ったのである。

 

 日本でも江戸時代における藩札は、地域限定のローカル通貨であったが、実は第50代の桓武天皇(781年~806年)が単一通貨を廃してから100年ほど前まで、藩札や私札など1万5000ものローカル通貨が通用してきた。現在はNPO法人「千葉まちづくりサポートセンター」の「ピーナツ」をはじめ、「賢治の学校」の「ポラン」、「草津コミュニティー支援センター」の「おうみ」、「シャロム」の「ハートマネー安曇野リング」など先述のとおり200ほどのローカル通貨が出回っているが、誕生したローカル通貨は500超にも及ぶ。 

 

 

(3) ローカル通貨による食の安全と自然環境の保護-----有機農法・地産地消

 大規模農法による化学肥料や農薬の大量散布が、環境問題を引き起こす。さらにこれらの散布が「土地の地味」を低下させるから、いっそう大量の化学肥料に頼るという悪循環をもたらしている。

 

 これを避けるために「有機農法」が重要となっているが、有機栽培作物の認定を受けるには、3年以上「農薬と化学肥料を使用していない土地」における栽培が必要である。それゆえ従来の農法から有機農法に切り替えるには、この3年間の収入をどうするかという問題がある。

 

 とりわけ地域に根差した小規模家族経営の農業では、この切り替えが難しい。そこでアメリカのイサカ市の「ファーマーズ・コーポラティヴ」によるローカル通貨「イサカ・アワー」が、これを可能にしている。このコーポラティヴが、3年間返済しなくてよい無利子の「イサカ・アワー」を農業者に貸し付けて、有機農業で自立できるまで見守る。

 

 またイサカ市では地域住民が、自分の気に入った農場を選んで投資をする「グリーン投資」により、自然環境と食物の安全を確保する方式が導入されているが、この投資を「イサカ・アワー」ですることができる。さらには農業移住者が入ってきたときに、この3年間は返済無用かつ無利子の「イサカ・アワー」を貸与し、有機農業を促す。

 

 イサカ・アワーはイサカ市の中で、通常の貨幣と同じく流通するが、最初は40人で始めた。しかし、たちまち400以上の商店や企業が参加するようになった。そして発行残高は日本円で800万円程度であるが、回転が速く1億円以上の経済効果をあげている。要するにケインズ経済の「投資乗数効果」の地域版であり、漏れが全くないから効果も大きい。

 

 ところで地球温暖化をもたらすCO2の排出には、工業化と海上輸送が大きく影響している。産業革命以来は大気中のCO2は30%も増加し、その他の温暖化ガスも同様である。とくに海上輸送は貿易の80%を占め、例えばロサンゼルス港は、10年ほどで取引量が2倍ほどになった。

 

 一般に海上輸送は質の悪い石油を使用するから、CO2の排出割合も大きい。それゆえ「自然環境保護」のためには、「地産地消」が重要な課題となっているが、イサカ市のローカル通貨方式は、まさに「地産地消」のお手本だ。地域の自然保護や地域経済の活性化だけでなく、地球全体の自然環境の保護に寄与している。

 

 

(4) 家計と地域コミュニティーおよび公的財政に役立つ

 このようなローカル通貨は、実際に紙幣を使用する方式だけではない。例えば旧東ドイツのハレ市には「デーマーク」というローカル通貨があるが、これは通帳の上だけで取引をして、交換の輪を広げていく。最近では電子マネーによるローカル通貨も出てきた。

 

 他方でスイスのローカル通貨「ヴィア」は80年ほどの歴史があり、スイス企業の17%の7万6000社以上が参加している。それで「ヴィア銀行」まで設立された。ところが政府がヴィア取引に「制限」をかけた。なぜなら全取引をヴィアでされたら、課税のしようがないからだ。それゆえ「取引の半分まではヴィアで可能だが、それ以上はスイス・フラン」でという組み合わせ規制となった。

 

 いずれにせよローカル通貨によって「地域における循環型経済」を促進し、地域経済の活性化を図る。そしてグローバル経済から地域経済を守り、同時に地域の自然をも守るということである。したがってローカル通貨の使用は、コミュニティー活動の一環として位置づけられ、ローカル通貨で負債を負った場合には、それを「債務」と呼ばずに「コミットメント」という。

 

 つまり「自分が負債を負った分だけ、他の人に何かしてあげる」という、地域共同体の意識が強くなる。また自然環境の保護を目指す場合も、先の「イサカ・アワー」のように、実質的には外から農産物を入れず、地域だけで有機栽培をし「地産地消」を進める。この点から地域コミュニティーの結束が強化され、同時に地球全体の自然保護に貢献する。しかも政府の「農業補助金」を節約させることができる。

 

 同様なことは地域文化や地域福祉をはじめ、さまざまな領域で可能となり、国家や地方自治体の社会保障費の節約につながる。同時に個人の暮しにも大いに役立つ。例えば地域外で働き給料を「円」で受け取っても、日常的な地域の暮らしは「地域通貨」で可能となるから、給料の円は地域外で使用するだけでよく、円の節約と貯蓄がその分だけ大きくなる。唯一心配は、先述のスイスと同様な懸念であるが、これにはスイス政府のように一定の規制をかければよいであろう。

 

 こうしてイギリスとカナダでは、将来GDPの3分の1を「ローカル通貨」(レッツ)に切り替えていくという主張も出ている。先述のとおり日本もかつては、ローカル通貨が一般的であり、その歴史も1000年以上におよび、数量も種類も極めて多かった。しかし現在のローカル通貨の使用は、他の先進諸国に比べて低調である。けれども今後、次第に活発となると思われる。

 (本稿は一般社団法人「日本経済協会」の4月上旬号の「コンパス」に掲載した拙稿に手を加えた論文である)