テレワークと人間および宗教 - - - - 国民の習性と政党政治


(一)働き方改革とテレワーク  - - - -  育児・介護と仕事の両立

 日立製作所は2~3年以内に、10万人規模の社員が自宅や外出先で働ける体制を整えるという。国内で働くグループ社員の過半に当たる異例の規模で、社外の業務拠点を増やすほか、情報漏洩などのリスクが少ないシステム環境を整える。通勤時間を減らし生産性を高めるほか、多様な人材確保につなげる算段であろう。

 

 子育てや介護など家庭の事情で、毎日出勤のフルタイム労働が難しい場合、テレワークはその解決策のひとつとなる。したがって社外勤務を「テレワーク」などの呼び名で導入する企業が増えつつある。「平成27年通信利用動向調査」によると、テレワーク導入率は企業全体で16.2%だが、大規模企業では44.9%で、大手企業と中小企業の差が大きい。それはともかくとして、大手の大々的なテレワークの導入により、海外大手に比べ遅れている「働き方改革」が広がるきっかけになりそうだ。

 

 今年3月に政府がまとめた「働き方改革実行計画」の中で、「長時間労働の是正」や「同一労働同一賃金の導入」とともに、「柔軟な働き方」として “テレワークの拡大” が盛り込まれたこともあり、企業のテレワーク導入の機運が高まってきた。ここでテレワークとは、ICT(情報通信技術)を活用し “時間や場所の制約なく、柔軟に働く勤務形態” で、複数の分類があるが、被雇用者が自宅で働く「在宅勤務」が最も利用されている。

 テレワーク推進フォーラム(総務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、民間組織、学識者等により構成)は、2015年から11月を「テレワーク月間」と指定し、2018年も関連セミナーや先駆的企業の表彰式など、テレワークに関するさまざまな活動を集中的に実施している。

 また2017年に政府と東京都が連携し、東京五輪の開会式が開催される7月24日を「テレワーク・デイ」として設定した。五輪期間中の交通渋滞の緩和に向け、通勤を控えてテレワークすることを推奨している。2017年のテレワーク・デイには首都圏で、政府と東京都および民間企業や団体の約950団体、労働者約6.5万人が参加した。


 働き方改革の主流は労働時間の短縮だが、テレワークは場所を柔軟にできることが利点であり、実施した企業では、労働生産性の向上や通勤時間の削減などの効果が出ている。しかしICTを活用したテレワークにはセキュリティ問題が伴う。それゆえ情報漏えいなどのリスクに対応するための対策が不可欠である。

 

(二)アメリカにおけるテレワークの進展と反省             - - - -    人は孤独に耐えられない

 テレワークは1970年代前半、かつてのNASAの科学者が、カリフォルニア大学におけるプロジェクトで、「テクノロジーを使うことにより通勤しないで仕事ができるのか」を試みたことから始まった。そしてその発祥の国のアメリカで1990年代からテレワークを続けてきた先駆的企業が「IBM」である。

 

 ところが今年の5月にIBMはテレワークを廃止し、フルタイムで在宅勤務(毎日自宅で仕事)をしていた数千人の従業員に、「出社か退社」を迫り大きな話題となった。実は2013年に「ヤフー」もテレワークを禁じた。その後「バンク・オブ・アメリカ」や家電量販店の「ベスト・バイ」などの大手企業も、テレワークを廃止または縮小している。
もっとも2013年以降もアメリカのテレワークは増加しているゆえ、多くの企業にとって、課題よりも恩恵の多い働き方だと捉えられているであろう。ヤフーが禁じた理由は、勤務時間中の副業、自分の企業の立ち上げなど、ずさんな勤務実態が問題となったからだ。

 他方IBMの場合は「フルタイム在宅勤務のテレワーク」が主流で、それによりオフィスのコストは削減できたが、チームワークやコミュニケーションが欠如したことのデメリットの方が大きかったという。オフィス勤務をさせることにより、社員同士のフェイスツーフェイスの一体感やコラボレーションの向上を期待している。

 

 実はアメリカで最初のころにテレワークを導入した企業の話では、勤務が終了する時間になると、ほぼ毎日、多くの社員が自宅から出て、かつての会社の近くの居酒屋に集合して気炎を上げたという。ちなみに新機軸を次々に打ち出す企業のグーグル、アップル、フェイスブックなどはテレワークに積極的でなく、必要な時はこれを利用できるが、普段はオフィス勤務する社員が一般的だという。さらに新オフィス、無料の社員食堂、車の点検サービス、多様なサークル活動を提供し、出社たくなるオフィス作りをしているという。
 ギリシャ哲学が指摘したように、本来的に人間は「共同体(ポリス)的動物」であるから、「孤独」には耐えられない。したがってテレワーク従業員のこうした行動も、IBMの結果も頷ける。この人間の本質の無視は、企業業績にとって逆効果となろう。

 

 ただし介護や育児などを抱える社員にとっては、「テレワーク」は必要不可欠だ。この双方のバランスが大切である。とくに介護離職者が年間10万人、その8割が女性という日本の企業実態においては、この点に関するテレワークの普及が重要だ。加えて彼らが孤立しない方法をも考慮すべきである。

 

(三)宗教で培われた習性でも孤独に悩むイギリス

 イギリスでは後述の宗教的要因も絡み、国民のエートス(習性)は、伝統的に「個人主義的自由」したがって「孤立的な生活」が一般的であった。たとえばシャーロック・ホームズの事件は、退役した老人が、田舎の大邸宅でメイドの老婦人とシェパードとひっそりと余生を楽しんでいる状況で勃発する。このような生活パターンは、決して小説だけの話ではなく、かなり一般的であり、イギリス人の「個人主義的自由主義」を象徴している。

 

 ところがそのイギリスにおいて、今や成人の5人に1人が「孤独」に悩んでいるという。かつては教会やパブで世代を超えた交流もあったが、今やこれも少ない。また子供も孤独に悩み、無料電話相談「チャイルドライン」でも、孤独相談が増えている。こうした事情からメイ首相は「孤独担当相」と「自殺予防相」を設置し、また国家統計局が「孤独の指標」を確立するという。

 

 イギリス生協の調査では、孤独が原因の体調不良による従業員の欠勤や生産性の低下で、イギリスの雇用主は年25億ポンド(約3700億円)の損失を被っているという。また世界の30万人以上の「生活様式と健康の関係に関する調査」(米ブリガムヤング大、2010年調査)によると、孤独は煙草を1日15本吸うのと同等の健康被害をもたらすという。

 

 人間は「共同体的動物」であるから、孤独には耐えられない。しかしスマホの普及につれ、面と向かう会話も、共同体意識も世界中で希薄化している。他方で日本では子供と同居する65歳以上の人口が、95年の54%から15年の39%に減少したが、これも孤独を助長する。孤独死をはじめ、ネットの書き込みが原因で命を絶つ者につけても、日本もイギリスと同様に、孤独対策が必要となっている。

 

(四)宗教と国民のエートスおよび民主主義

カルヴィニズムと個人主義的自由

 イギリスでは早くからプロテスタントとりわけカルヴィニズムの信仰が広まった。これによると、人間は神の恩寵によって救われるが、その恩寵は予め神が決めておいた者だけに限られ、その確かさを確認するために「祈りかつ働け」という。しかも恩寵は、そのような生活態度と関係なく、予め神によって「予定」された者だけに限られる。

 

 このような教義から第一に徹底した個人主義の思想が生じる。自分の救いに関しては、誰にも頼れず、唯一信仰によるほかはない。しかも信仰によっても救われるとは限らない。したがって極めて孤独な個人主義と結びついた自由主義の習性が一般的となった。

 

 他方で選ばれた者だけが救われるという「予定説」から、「階層社会」を容認するイギリスの国民性が形成された。したがって「個人主義的自由主義」の自由は、社会階層と結びついた自由であり、階層内の自由である。ここでは自由が尊ばれるが、自分の階層から抜け出す自由は実質的に限られている。たとえば「アッパー・ミドル階層」に属していたサッチャーは、「鉄の女の頭脳と意思と努力」ゆえに、「アッパー階層」に上り詰めることが出来たという。

 

民主主義政治の2つのパターン

 このカルヴィニズムから生じた習性から、2大政党政治が生まれた。たとえばサッチャーは、選挙で選ばれたが、彼女は神に予定されていた人であろう。それゆえ彼女に任せておけば良い、という大衆感覚が支配的となりがちだ。他方でこれと対立するほどの大きな政党の党首についても同様である。そこで国民の意見は両者のどちらかに別れ、2大政党政治となり、同時に党首は独裁的に手腕を振るう。

 

 またメイフラワー号でアメリカに移住した「ピューリタン」は、ヘンリー8世の「イギリス国教会」によるカルヴィニズムの修正を嫌って、ピュアー(純粋)なカルヴィニズムを信仰するためであった。それゆえアメリカも、カルヴィニズムに基づく国民性が強く、2大政党制となった。

 

 ただし今日では文明が成熟期に入り、人々の価値観が多様化して、国民の意見も多様に分裂しているから、二大政党制は崩れている。ちなみにプロテスタントが支配的であったドイツもスエーデンも、イギリスと同様であったが、今ではこれらの国も多党制に変質している。

 

 ところで「誰もが神の下に平等であり、救われる」という「カソリック信仰」が強いフランス、イタリア、スペインの政党は、常に小党分裂で、それらの合従連衡によって、それゆえ短命な内閣が構成されてきた。ただし、ここでは弱小内閣の反動として、稀にはたとえばドゴール政権のような独裁的政権が生まれた。

 

 日本では現在も「八百万の神」信仰が形成した平等の習性が強いゆえ、カソリック諸国にちかい政治形態が形成される。かつての自民党と社会党の2大政党においても、実はそれらの中の諸派閥が、政党と同様な実質をなしており、それらの合従連衡内閣であった。したがって近年の、二大政党制を目指した「小選挙区制」の導入は、宗教と国民のエートスとの関係に疎い日本の「政治学」に拠るもので、失敗は始めから明らかであった。

 

 ちなみに現在の自民党1党独裁は、小選挙区制の導入で自民党員の政治モラルが低下し、首相忖度により派閥が機能していないからだ。テレワーク論からやや脱線したが、いずれの課題もこのように人間の本質、宗教、ひては社会ならびに政治的状況にまで繋がっている。どんな実践も、この点を熟慮することが重要である。