労働市場の混迷と大手のリストラ ----非正社員の激増と進まない処遇改善・貧困化-----


(一)人口減少と非正社員の激増

 日本の人口は2005年に初めて前年を下回ったが、その後若干持ち直した。しかし2011年以降8年連続で減少し、現在は次表のとおりである。すでに少子高齢化が叫ばれて久しいが、15歳未満の人口が全体の12.1%で、75歳以上の後期高齢者の14.5%より少ない。また65歳以上の人口が全体の約3割の28.3%となっている。したがって生産年齢人口は60%を切った。

 

(表1)日本の人口(2019年4月1日現在の概算値、総務省推計)

15歳未満

1564歳未満

65歳以上

70歳以上

75歳以上

全人口

1533

12.1%)

7515

59.5%)

3574

28.3%)

3384

26.8%)

1830

14.5%)

12623

100%)

*単位:万人、万人未満四捨五入 *カッコ内は全人口に対する割合

 

 この人口分布から、一方ですでに深刻となっている「企業の人手不足」が将来も続くと推測されるが、他方で「高齢者の生活支援」の難しい問題も予測される。また、このような状況なのに、一方で企業の「正社員減らしのリストラ」と、これに対応する「非正社員」の増加、さらには外国人労働者の導入などが進んできた。これらは相互に矛盾する面も含み、全体として展望しにくい。そこで問題を整理してみよう。

 

 先ず少子化の問題であるが、これはスエーデン、フランス、ドイツをはじめとする多くの欧ヨーロッパ諸国が30年以上前から経験したところであり、個人主義的な近代文明の展開に伴う「若者の結婚観」や「家庭観」および「価値観一般」の変容に由来するところが大きい。この点では現在の日本も同様だ。しかし欧諸国は、これに対して「子供養育手当」や「保育施設」「賃金構造」「休暇」「外国人労働者」その他の手段を充実させることにより、少子化を抑制しつつあり、日本の少子化の方が遥かに深刻となっている。
 また日本の少子化の大きな理由に、急激に拡大した「所得格差問題」がある。結婚して子供も欲しいが、低所得ゆえに、いずれも叶わないという若者が、きわめて多くなった。1990年代のバブル景気の崩壊から、事業の再編成のために「終身雇用制度」を放棄して、必要なスキルを持つ人材を必要な期間だけ「派遣労働」などで雇用するという経営を導入した。これは、「アメリカ流人事管理手法(人員の最適配置、リストラクチャリング)」であるが、それを模倣する大手企業が続出した。

 

 それは同時に、正社員を非正社員によって置き換える「リストラ」の進展につながった。次の表2のとおり1994年から「非正規雇用者(非正社員)」が増加し続けて、1999年までに85年より500万人以上も増え、2016年には2000万人を超えて全被雇用者の37.5%に達した。さらに2018年には2117万人と全被雇用者の4割近い38.2%となり、平成年間に非正社員は2.6倍となった。

 

(二)進まない「働き方改革」-----中小企業の困窮

 他方で「正規雇用者」は2008年以来2014年まで減少し続けたが、2015年に8年ぶりに増加に転じ、その後3年続きで増加している。しかし1994~2015年間に正社員が約500万人も減少し、その穴埋めとして非正社員が1000万人以上増えた(表2)。これらの非正社員の少なからぬ若者が、生活苦から結婚できない、あるいは結婚しても子供の養育が困難となっている。

 

(表2)非正規雇用労働者数とその全雇用労働者数に対する割合(%)、正規雇用労働者数  

および全雇用労働者数  *単位は万人 *総務省「労働力調査」より抽出作成

 

1985

1994

1999

2007

2009

2015

2016

2017

2018

非正規雇用労働者

非正規雇用の割合

正規雇用労働者

全雇用労働者合計

655

16.4

3343

3998

971

20.3

3805

4776

1225

24.9

3688

4913

1735

33.5

3449

5185

1727

33.7

3395

5122

1986

37.5

3317

5303

2023

37.5

3367

5391

2036

37.3

3423

5460

2117

38.2

3423

5540

 

 こうした状況を変革するためには、先ず「同一労働は同一賃金」の導入が不可欠であり、この「同一労働同一賃金」制度は、漸く2020年4月から大企業に、中小企業には21年4月から適用される。しかし実際に多くの中小企業にまで、この制度を実施させうるか疑問である。中小企業の「売上高利益率」が、2%程度と極めて低いからだ。その制度実現のためには、本誌で度々述べてきた「大企業に拠る中小企業泣かせ」の「二重産業構造」の変革が先決問題である。

 

 さらに少子化改善のためにも「働き方改革」とりわけ人手不足が深刻な「流通・サービス、外食、物流業界、建設」における長時間労働問題や、その他の処遇問題の解決が不可決であるが、そのためも「大手企業に拠る中小企業泣かせ」の構造を変えるべきであり、「公取」をはじめ政府は変革のための政策を実行すべきである。

 

(三)増えない正社員----人手不足なのに何故か

 ところで生産年齢人口の減少から、企業の人手不足が深刻となっており、表3のとおり「企業の正社員有効求人倍率」は2017年の夏頃から1.0を超えて上昇する一方である。他方で「正社員への就職率」も上がってきているが、しかし企業の求人倍率が1を超えている割には、5%台の就職率は低すぎる。何故か。

 

 それは「求人企業」と「求職者」との間の職種が合わないこともある。だがそれにも増して給料など処遇に問題があるからだ。とくに中小企業の求人が多いが、ここでは求職者が求める処遇とりわけ給料が払えないことが、大きな要因だと思われる。したがって、この点でも中小企業の利益率を上げるべく、「二重産業構造の改革」が重要である。

 

(表3)全国正社員有効求人倍率(季節調整値)と正社員就職率(%)

16

17

18

19

3

4

12

4

12

4

12

求人倍率

就職率

0.84

5.24

0.92

5.37

0.97

5.37

1.07

5.45

1.1

1.14

1.16

*有効求人倍率:(正社員有効求人数/フルタイム有効求職者数)*正社員就職率:(正社員就職件数/フルタイム有効求職者数)×100        *出所:*ハローワーク情報サイト~ハロワのいろは

 

 非正社員の給料は、表4のとおり正社員の賃金の65%にすぎないが、非正社員が全被雇用者の4割ちかくに達している。したがって一方で所得格差の拡大と生活困窮者の増加、他方で正社員求職者が増えている。しかも人手不足から、企業の正社員求人数も増加してきた。

 

(表4)正社員および非正社員の月額給与平均額(単位;万円、2018年)および年収額

 

男性と女性の全体

男性

女性

正社員

非社員(カッコ内:対正社員額比)

正・非両社員合計の年収平均

32.3.

20.9465%)

420

35.11

23.2566%)

521

26.53

18.7971%)

276

*厚労省「平成30年全国賃金構造調査」より抽出作成、

 

 こうした労働力逼迫の状況下で「正社員就職率」が低迷しているのは、中小企業が求職者に応えられる利益を上げていないからであろう。したがって「非正社員」の補充によって、その場しのぎをする。この結果から非正社員が急増し、労働条件の改善も進まない。加えてAIの導入や「M&A(企業の合併・買収)経営」によって、大手企業のリストラが再び活発化してきた。

 

(四)大手は再びリストラへ----「AI技術の弊害」「引きこもり」「外国人労働者問題」

 銀行大手3行はAIの導入とゼロ金利策による打撃から、3万人の従業員を減らす予定で、2020年の新卒採用を4年前の3分の1に絞る。たとえば三菱UFJの来春の採用数は、ピークであった07年の4分の1に減らす。地方銀行も赤字もしくは利益激減ゆえに、同様なリストラを推進せざるを得ない。

 

 メーカーのリストラ計画も続いている。東芝は2017年の東芝デジタルソリューションズの300人の削減に続いて、18年1月に、東芝インフラシステムズなど子会社2社の、満50歳以上の社員約100人の削減を発表。さらに2019年度から2023年度までの中期経営計画を発表し、「早期退職優遇制度」を活用して、グループ全体の5%である7000人を削減するという。また電機大手のNECもすでに国内の約3000人の人員削減、富士ゼロックスが国内外の約1万人の削減を発表している。

 

 デパートなど大手小売業でも、例えば三越伊勢丹はバブル世代を狙い打ちのリストラを計画し、三越伊勢丹ホールディングスの早期退職制度により3年間で800~1200人の人員削減を計画する。他方で大手広告代理店の博報堂DYホールディングスも2017年に、博報堂と博報堂メディアパートナーズで130人の早期退職募集を発表した。

 

 ところで先の大手行のリストラには、「融資係をAIロボットで置き換えるリストラ」が多く含まれるが、この「AI技術に拠る置き換えリストラ」は、銀行に限らず、スーパーのレジ係やホテルの受付をはじめ広まっている。こうして今後10年で約10種の仕事が消えるという。さらに「人工知能が知識・知能の点で人間を超える技術特異点(シンギュラリティ)」が、2045年に訪れる(未来学者レイ・カーツワイル)。

 

 このような中で膨大な情報を活用する「データエコノミー」が広がり、あらゆる価値を数字で表す傾向が強まり、人工知能(AI)が信用や将来性を測る「スコアリング」という技術が、埋もれた価値を発掘するという。これらのデジタル化により、主要国の働き手の6人に1人の5.4億人が、新たな貧困に陥るとの予測も出ている。

 

 これらは幾分か先のことであるが、すでに今日のリストラによる「中高齢者の引きこもり問題」も深刻となっている。ほとんど外出しない状況が6か月以上続いている「引きこもり者」は、19年3月現在の調査で、40~64歳が61.3万人で、15~39歳の54.1万人を超えている。前者のうち男性が76.6%、女性が23.4%であるが、この男性の多くは、リストラを契機に引きこもっている(内閣府調査)。これらの「引きこもり者」の34%が、経済的に親に依存し、中でも親が80歳代、引きこもる本人が50歳代で、双方が孤立し困窮する「八〇五〇問題」が、福祉現場で指摘されている。

 

 加えて深刻な問題は、今後5年間で34.5万人の「外国人特定技能者」導入の新制度だ。2018年9月の有効求人倍率をみると、建設や介護は4倍を超える。こうした深刻な人手不足に対応して、政府は「在留資格の特定技能制度」を設け、新たに建設や介護など14業種に限定して外国人労働者を受け入れる。

 

 しかし現場に対する十分な監視が難しい。それゆえ、たとえば2017年には7000人の「技能実習生」が失踪した。厚生労働省が調査した事業所の7割で、違法残業や賃金未払いなどの法令違反があった。このような状況の改善なしに、外国人労働者を増やせば、大きな禍根をもたらすであろう。