2000万円報告書の本音と国会のドタバタ
金融庁の「審議会報告書」をめぐり、与野党間でちぐはぐな議論が展開された。この報告書によると、退職後30年間生活するには、年金だけでは2000万円不足するという。たしかに「40年働いたサラリーマンと専業主婦のモデル世帯」で、国民年金と厚生年金の2人分の合計受給額は、月22万1504円である。これに対して1月当たりの「家計支出」は、約28万円(2017~2018年平均)ほどであるから、平均値の単純計算で年金だけでは月6万円、年72万円、30年間では2100万円ほど生活費が不足する。
自民党は選挙を慮って、この報告書は誤解を生むから受け取らないという対応をした。これに対して野党は説明責任を追及する。たしかに麻生副総理兼金融相の受け取り拒否は異常であり、説明がつかない。他方で野党はこれを責めるだけでなく、この報告書の意図をも問題にし、加えて代案と、それに必要なカネの出どころを示すべきである。
この報告書は、2000万円不足するから「貯蓄」ばかりでなく「資産形成」に努力すべきで、そのために株式など証券投資その他の「金融運用」を心掛けることを、国民に推奨する意図がある。これは「貯蓄から投資へ」を掲げる「現政権の政策」に合致しており、むしろこの報告書は「アベノミクス忖度」の色が強い。同時に業界の代弁の意味合いも含まれている。
野党は先ず、この点を問い質すべきである。加えてそうした証券投資の問題点と、「高齢化社会における国民生活防衛」の方策を提案すべきである。他方で昨今はテレビなどのニュースで、株価や為替相場を毎回取り上げているが、何故だろうか。これも国民に金融取引を意識させ、それによる「資産形成」を考慮させる。しかし嘗ては、そのようなニュース報道はなく、国民はゆったりとした気分で暮らしていた。
難しい証券投資による資産形成
ところが現在はニュースばかりでなく、株式投資を推奨すべく「ニーサ(NISA)」や「累進性のない一律20%の金融所得分離課税」などの政策を導入した。また小中学校の「金融教育」を推奨する見解も見られる。これらが「人間性のある種の劣化」と「世知辛い世の中」を助長することを、為政者も業界も国民も意識することが重要である。
ところで先の2000万円不足は事実であり、多くの国民がこれを意識して「将来不安」を感じている。しかし他方で株式投資などでは、少なからぬ人が資産を形成できず、逆に資産を減らす可能性もある。今日の株価は内外ファンドをはじめ、一握りの大株主が支配している。彼らがたとえば一株1000円の株を一気に大量に売り、700円にまで落とす。そして700円でこの株を買い戻し、この差額だけ利益を上げる。
ファンドをはじめ株式運用会社は、こうした株価操作が可能である。しかも内外の「フラッシュ・ボーイズ」がコンピュータにより、瞬きする間ほどの短時間で株取引をする。ちなみに現在は日本の株価総額の30%強は、ファンドをはじめ海外によって保有されている。いうまでもなく、これらと関係なく、長期的に株式を保有して、地道な利益を上げることも可能ではあるが、世知辛い世の中で、それが難しくなってきた。
国民負担率が低い日本
2000万円不足の穴埋めをして、人々が安心して暮らせるように、もっと「社会保障」を充実させることは不可能だろうか。この点を検討しよう。国民は「税金」と「社会保障費」を負担して国家の施策に期待しているが、それらの負担は国民所得の何%であるか。次表はこの「国民負担率」の国際比較である。
(表1)国民所得に対する「税負担率(a)」「社会保障費負担率(b)」「国民負担率(a+b)」 およびGDPに対する国民負担率(%、2015年)*GDP負担はGDPに対する負担率 |
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フランス |
デンマーク |
イタリア |
スエーデン |
ドイツ |
オランダ |
イギリス |
日本 |
アメリカ |
税負担 社会保障費 国民負担 GDP負担 |
40.5 26.6 67.1 47.4 |
64.5 1.4 65.8 47.8 |
44.2 19.5 63.7 44.1 |
51.8 5.1 56.9 38.6 |
31.1 22.1 53.2 39.6 |
31.9 20.0 52.0 37.8 |
36.1 10.4 46.5 33.8 |
25.4 17.2 42.6 31.1 |
25.0 8.3 33.3 26.8 |
イギリスを除く欧諸国の国民負担率は52~67%と、日本の42%より10~25%ほど高い。そのうち「税負担率」は、例外のデンマークやスエーデンを除くと約30~40%で、日本の25%よりかなり高い。また「社会保障費負担率」は国によって大きな差があるが、フランスやドイツをはじめ日本の17%より高い国も多い。さらに「GDPに対する国民負担率」は、日本はアメリカと並んで極めて低く、ドイツ40%、フランス47%に対して日本は31%である。
(表2)2017年度の各種国税収入の金額と割合 *その他は相続税、酒税、印紙収入など |
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所得税 |
消費税 |
その他 |
法人税 |
18.88兆円(30.3%) |
17.51兆円(28.1%) |
13.98兆円(22.4%) |
11.99兆円(19.2%) |
これらから日本は「租税負担率」と「社会保障費負担率」を、もっと増やして低所得者の生活保障を今より充実させることができるが、問題は誰のどのような負担を増やすかである。表2は「2017年度の税収構造」であるが、「所得税」と「消費税」が、全国税収入の60%近くを占め、法人税は19%に過ぎない。
所得税および資産課税の累進性を高めるべき
税収の構成比は、国によりかなり相違するが、概して欧諸国は「消費税率」が高いゆえ「消費税の税収比率」が、日本の34.6%よりかなり高い。それにも拘わらず「所得税の税収比率」も日本より高い。フランスは所得税収の割合が低いが、先の表1で明らかなように社会保障費負担率が高く、これを補完している。またアメリカは高い所得税収が、消費税収の低さを補完している(表3)。
(表3)税収構成比(%)の国際比較(国税+地方税) *2015年 |
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日本 |
アメリカ |
イギリス |
ドイツ |
スエーデン |
フランス |
個人所得税 法人税 消費税 資産課税等 |
31.15 20.3 34.6 13.9 |
53.1 11.2 22.2 13.5 |
34.1 9.3 41.1 15.5 |
42.6 7.5 45.3 4.7 |
37.4 8.8 36.7 17.0 |
30.3 7.4 39.0 23.6 |
さらに日本の「資産課税収入」の割合は、ドイツおよびアメリカに次いで低い。
これらから日本では「所得税率」をアップする余地がある。これまで「所得納税額」は、かなり引き下げられてきた。それは「税率の引下げ」や「配偶者控除」「扶養控除・基礎控除」などの「人的控除の引上げ」により、所得納税額が軽減されてきた(表4)。
とくに勤労意欲の向上をはかる観点から、1987年に所得税の最高税率が 70%から 60%に引下げられ,さらに消費税導入に先立つ 88年に最高税率が50%に、現在は45%に引下げられている。しかも税率の累進性が緩和され7段階となり、各種控除も大幅に引上げられた(表4)。これらの所得税改訂により、高所得者の納税額は、かなり低下している。
たとえば年収4000万円以上の所得に対しては、約500万円の控除がある。さらに表3のとおり日本の「資産課税」の税収の割合が、ドイツ以外の欧諸国の16~24%より低い14%である。ここにも増税の余地がある。所得税と資産課税の累進性を高めるべきだ。
(表4)所得税の累進構造税率 |
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所得額 |
195万円以下 |
195~330万円未満 |
330~695万円未満 |
695~900万円未満 |
900~1800円未満 |
1800~4000万円未満 |
4000万円超 |
税率 控除額 |
5% 0円 |
10% 97500円 |
20% 427500円 |
23% 636000円 |
33% 1536000円 |
40% 2796000円 |
45% 4796000円 |
低すぎる大手企業の法人税-----大手企業減税のあべこべ税制
法人税も「法人実効税率」が、2013年の37%から30年には29.74%まで引き下げられた。法人税を納税できるほどの利益を上げている企業は、全企業30%程度で、ほとんどが大手や中堅企業である。それゆえこの税率引き下げは、これらの企業を利するが、大多数の企業には及ばない。また消費税収の8割が、こうした法人減税の穴埋めとなっているとも言われる。
表5は「資本金1億円超の外形標準課税適用法人」の税率であるが、法人に課せられる税は、表5のとおり4種類ある。それらのうち「法人税率」と「事業税プラス地方法人特別税」が「対所得金額税率」であるが、「地方法人税」と「住民税」は「法人税額に対する税率」である。それゆえ後者2税の「対所得金額税率」は、表のカッコ内の税率となる。したがって「所得に対する法人税合計税率」すなわち「法人実効税率」は、これらの合計の30.84%である。
法人税 |
地方法人税 |
住民税 |
事業税+地方法人特別税 |
合計税率 |
23.2 |
4.4(1.03) |
12.9(3.01) |
3.6 |
30.84 |
この日本の「法人実効税率」は次表のとおり、他の諸国に比して必ずしも低くはないが、フランスやアメリカの33~41%よりも低くなっている。法人税率が高いと、企業が税率の低い海外へ出て行ってしまうという危惧からも、政府は法人税を下げてきた。しかし、その懸念は杞憂であった。アメリカの「法人実効税率」は40.75%と高い。
(表6)法人実効税率(%)の国際比較 *2017年現在 |
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日本 |
アメリカ |
フランス |
ドイツ |
カナダ |
中国 |
イタリア |
イギリス |
29.74 |
40.75 |
33.33 |
29.79 |
26.50 |
25.00 |
24.00 |
20.00 |
他方で大企業中心に企業の「内部留保」が、2017年度まで6年間も連続で過去最高を更新し続けて446兆円超にも達した(18年度は未定)。したがって「法人税率のアップ」も選択肢である。これに拠る増収で「社会保障」をさらに充実させることもできよう。ただし「資本金1億円以下の外形標準課税不適用法人」の当面(2018年4月~2019年3月開始事業年度)の法人税率は36.81%で、資本金1億円以上企業の30.8%よりかなり高い。したがって逆に、この中小企業に対する税率を下げることも必要だ。
さて社会保障を充実させるには、高所得者や大手企業の税負担を大きくするだけでは不十分である。国家予算の中で削れる部分を「社会保障費」に回すことが不可欠だ。それは、このところ膨張率の上がっている「防衛費」と、毎年23~25兆円にも達する「国債費」である。前者は現政権の「トランプ忖度」に拠るが、危険な対米従属政策だ。
また国債費の削減は、本誌で度々触れた「相続税・贈与税免除の無利子100年国債」によって可能だ。この国債で約900兆円ちかい「普通国債」を借り換え、新規発行国債もこの国債にする。これによって毎年の「国債費」は約9兆円まで下げることができる。この9兆円と現在の国債費との差額の15兆円ほどを、社会保障費その他に回すことができよう。
(本稿は財務省とJETROの統計より算出作成、コンパス7月上旬号の拙稿に加筆修正)