(一)所得格差の拡大がひき起した「世界の揺らぎ」
トランプ関税とブレグジットの背景-----所得格差とプロパガンダ指導者
所得のジニ係数は「ゼロから1の数値」で、係数が大きいほど「当該国家の所得格差」が大きいことを表している。この表から明らかなとおりアメリカ、日本、イギリスの順に所得格差が大きくなっている。たとえばアメリカでは所得上位10%の富裕層が、所得全体の48%を、日本では同45%ほどを手にしている。このような格差問題が「内政」と「国際政治経済」の双方に及ぼす影響は、決して小さくない。トランプ政策、イギリスのブレグジット(EU離脱)問題はその典型だ。その他イタリアやフランスおよびドイツの最近の「ポピュリズム政党の拡張」の背景にも、この格差がある。
(1)所得ジニ係数の国際比較、 *カッコ内は統計年 *労働政策研究・研修機構『データブック』を参考作成 |
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アメリカ (2016) |
日本 (2014) |
イギリス (2016) |
イタリア (2015) |
フランス (2015) |
韓国 (2015) |
ドイツ (2015) |
0.391 |
0.376 |
0.351 |
0.333 |
0.295 |
0.295 |
0.293 |
とくにアメリカのトランプ政策の中の「移民の制限・排斥策」と「関税政策」は、その典型である。イリノイ、インディアナ、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニア諸州を含むアメリカの「ラストベルト(さびついた工業地帯)」の大衆、および「農民層」の多くが、この格差の底辺に喘いでいる。トランプ政権は、これらの人々の人気を得ることにより政権を維持すべく、このような政策を導入している。
イギリスのブレクジットの背景にも、この格差問題がある。かつて充実していた「社会保障」が、サッチャー政権以来の「新自由主義政策」で揺らぎ、生活苦に喘ぐ高齢者が増加している。それゆえ高齢者は「移民居住者に対する社会保障」に、税金が使われることに反対している。現政権はこれを利用して政権を維持すべく「ブレグジット」を推進する。
因みにイギリスのEU離脱に関する「国民投票」は、2016年6月23日に行われたが、その直後の26日の「イギリスの調査機関が行った聞き取り調査」によると、「EU残留支持」は18~24歳は73%、25~46歳が62%であるのに、65歳以上では残留支持は40%で、「離脱支持」が60%だったという(伴野文夫『ユーロは絶対に崩壊しない』幻冬舎ルネッサンス新書、2016年)。しかし今回の選挙では、離脱を推進する保守党の圧倒的な勝利であった。これは所得格差で困窮する国民が、それだけ多いことを示唆している。
日韓政治摩擦と若者のナショナリズム傾向----所得格差と官僚の政権忖度
レーガン政権、サッチャー政権、日本ではとくに中曽根康弘政権と小泉政権が、「新自由主義政策」を推進して「所得格差」を拡大させてきた。その結果が、今日のごときアメリカおよびイギリスの対外政策をもたらした。日本でも若者の最近のナショナリズムの風潮に、同様な傾向が見られる。ただし日本ではこれに加えて、官僚の「安倍忖度」に拠る危うい方向の「日韓政治摩擦」も生じた。
徴用工問題は「貿易問題」と絡めずに、それ自体として解決策を工夫すべきで、それが正しい外交だ。ところが経済関連官僚が、「対韓国輸出問題」があるから、これを利用して「徴用工問題」を追求したらどうかと、安倍政権に進言したと思われる。“江戸の仇を長崎で”のごとき愚策であるが、これは間違った“深謀遠慮”の「官邸忖度」である。したがって当然にも、韓国政府も「GSOMIA」を絡めてきた。
現在のところGSOMIA問題は小休止だが、このような政権忖度は、2014年に設置された「内閣人事局」つまり“内閣人事局が、中央省庁の幹部600人ほどの人事を一元管理する”という見当違いの制度のためだ。“すまじきものは宮仕え”が思い起こされる。
因みにかつての中国人徴用工は、西松建設に「損害賠償請求」の訴えを起こしたが、日本の最高裁は2007年の上告審判決で、この請求を破棄した。しかし強制連行や強制労働の被害を認め、「被害者の救済に向けた努力を期待する」と判決に付言した。その結果、2年後に西松建設は謝罪し、2億5000万円を信託し「被害者救済基金」を設立した。
(二)世界不安に揺さぶられる日本の貿易----海外生産と円安誘導がもたらす貿易赤字
米中関税合戦と中国経済の下振れ----日本の対アジア輸出40~50%以上の減少
(表2)輸出入総額(兆円)と指数(2010年=100) *19年は1~9月、 |
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輸出 |
輸入 |
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年度 |
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輸出指数 |
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輸入指数 |
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総額 |
金額 |
数量 |
価格 |
総額 |
金額 |
数量 |
価格 |
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2016 2017 2018 2019 |
75.3 69.0 78.4 81.6 68.0 |
112.0 103.9 116.1 121.0 113.5 |
89.8 90.0 94.7 96.3 91.5 |
125.0 115.5 122.7 125.6 124.1 |
76.2 63.5 73.8 82.7 69.5 |
129.0 108.6 140.0 136.1 129.0 |
103.0 101.7 106.0 109.0 107.0 |
125.3 105.9 117.0 124.9 120.5 |
さて不透明な世界経済の揺らぎの中で、日本の貿易はどのように展開しているのか。東日本大震災の2011年度から「貿易赤字」が続いている。しかしブレグジット問題の影響から16年度に「円高」となったことから、16年度と17年度は「貿易黒字」に転換した。しかし18年度から再び「貿易赤字」となっている(表2)。
輸出の50%、輸入の70%が「ドル建て」であるから、「円安による輸入価格の円換算額上昇」の方が、「円安による輸出の円換算額上昇」より、この2割の差だけ大きくなる。それゆえ円安では「貿易赤字」となりやすい。表2の「輸入の金額指数」は、円高となった16年度以外は、10年度より30~40%も増加している。これに対して「輸出の同金額指数」は、10年より10%内外の伸びにとどまっている。
もっとも円安により「輸出数量」が増加すれば、この赤字傾向を抑制できる。しかし家電や自動車産業をはじめ輸出産業の大手は、海外生産が60~70%を占めるから、円安によっても輸出数量は伸びない。表2のとおり「輸出数量」は、2010年より、ほぼ10%も少ない状況が続いている。17年度と18年度は幾分か増えたが、19年度には再び10%ほども低い水準となった。政府・日銀の「円安策」は、この点でも間違っている。
最近のこの貿易状況を、国もしくは地域別に考察すると、米中貿易摩擦やイギリスのEU離脱(ブレグジット)問題、加えて日韓政治摩擦などから、日本の貿易もかなりのマイナスを受けている。とくにアジア経済の不振が、日本の輸出を低下させた。中国経済は、「米中関税合戦」と「中国自身の経済問題」から、18年に成長率が急激に低下し、その影響で「東アジア経済全体」が下振れした。それゆえ日本の輸出も減少している。
その結果「対中国貿易赤字」は18年度上期(4~9月期)の1兆2680億円から、19年度同期が1兆8870億円と「貿易赤字」が48.4%も増えた。そして「対ASEAN貿易」も、18年4~9月の3359億円の黒字から、19年同期は1926億円の赤字へと大幅な転落となった。また日韓政治摩擦から、日本の「対韓国貿易黒字」も、19年4~9月期は9710億円と前年同期より15%近く減少している。これらから輸出総額の半分を占める「対アジア貿易」の黒字は2兆370億円で、前年同期比42%ほども減少した(表3)。
(表3)19年4~9月期の輸出入と出入超の伸び率(%)および出入超額(単位10億円) |
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アジア |
中国 |
韓国 |
台湾 |
香港 |
ASEAN |
アメリカ |
ヨーロッパ |
EU |
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輸出 輸入 出入超額 出入超 |
-8.4 -2.2 2037 -41.8 |
-9.1 -1.1 -1887 48.4 |
-10.8 -8.0 971 -14.8 |
-1.7 -8.8 790 -4.3 |
-5.3 0.2 1745 -5.6 |
-8.3 -2.8 -193 (-**) |
2.3 -3.1 3401 10.1 |
-3.3 4.2 -819 80.7 |
-2.7 3.4 -519 120.8 |
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落ち込みが大きい主力輸出産業「自動車、一般機械、電気機器」
さらに同期間の「対EU貿易」は「貿易赤字額」が、18年4~9月期より121%ほども増加して5190億円となった。これに対して「対アメリカ貿易」は、アメリカ経済が堅調ゆえ、「貿易黒字額」が前年同期より10%以上増えて3兆4010億円となった。トランプ政権はこの縮小を要求している。
これらの結果2019年4~9月期の貿易総額は、「輸出」が38兆2330億円、「輸入」が39兆850億円で「貿易赤字額」が8520億円となった。これに対して18年同期は輸出が40兆3556億円、輸入が40兆1355億円で、2201億円の「貿易黒字」であった。ただし下期は輸出が40兆3540億円、輸入が42兆1686億円で1兆8146億円の貿貿赤字となった。したがって18年度全体では輸出が80兆7096億円、輸入が82兆3041億円で、1兆5945億円の「貿易赤字」であった。
表4は主要な輸出品目の「輸出額全体に占める割合」と、それらの19年4~9月の対前年同期比増減率を示しているが、一般機械、電気機器、輸送機器の3品目の輸出額が、全輸出額の60%を占める。しかし19年4~9月期は、「一般機械」と「電気機器」が大きく落ち込んでいる。とくに一般機械の中でも「半導体製造部品」が16%以上も落ち込んだ。また輸送機器の中の「自動車部品」も11%強も落ち込んだ。
さらに原料製品の中の鉄鋼輸出も7.1%減少した。この結果、同期の輸出額は前年同期比5.3%のマイナス。これらは「半導体需要の世界的な飽和状態」と「日韓政治問題」の反映および「世界的な景気低迷」の影響であり、なお好転の兆しが見えない。とりわけ米中貿易摩擦で、各国が設備投資を先送りする動きが、下押し圧力になっている。
(表4)19年4~9月期の主要な輸出品目の構成比(輸出に占める割合)と伸び率(対前年同期比%) |
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総額 |
化学製品 |
原料 製品 |
(鉄鋼) |
一般 機械 |
(半導体製造 部品) |
電気 機器 |
輸送 機器 |
(自動車部品) |
構成比 伸び率 |
100 -5.3 |
11.4 -0.3 |
11.1 -1.6 |
4.1 -7.1 |
19.5 -9.2 |
3.0 -16.2 |
17.2 -7.3 |
23.3 -2.2 |
4.6 -11.5 |
もっとも中国経済が政策の下支えから上向きになりはじめて、アジア諸国の対中国輸出が回復傾向となってきた。したがって「半導体電子部品」などはアジア向けや中国向けは持ち直しが見られる。しかしウエイトの大きい「一般機械」や「輸送機械」などは、逆にこれから調整が本格化し始めるゆえ、輸出が持ち直す兆候はなお見えない。
他方19年4~9月期の輸入は、表5のとおりであり、輸入額全体の20%以上を占める「鉱物燃料」が10%ちかく落ち込み、その中でも「石油製品」が20%以上落ち込んだ。これは世界景気不安から「原油価格」が低下していることと、日本経済の不況ゆえに「輸入数量」の減少とによる(表2)。これら双方の状況がなお続くゆえ、日本の貿易赤字は、これによって幾分緩和されるが、貿易赤字の持続は避けられない。
(表5)19年4~9月期の主要な輸入品目の構成比(輸入に占める割合)と伸び率(対前年同期比%) |
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総額 |
食料品 |
原料品 |
(非鉄金属) |
鉱物燃料 |
(石油製品) |
(液化天然ガス) |
化学製品 |
電気機器 |
構成比 伸び率 |
100 -2.6 |
9.4 1.5 |
6.3 -2.3 |
1.8 -9.3 |
21.1 -9.8 |
10.4 -21.7 |
5.0 -11.0 |
10.4 -2.2 |
14.9 0.4 |
*社団法人「日本経済協会」『コンパス』12月上旬号の拙文を修正して転載