(1)日銀のマイナス金利策と金融機関の苦悩-----銀行の収益激減とリストラ
大手3行は3.2万人の従業員を減らす予定で、本年の新卒採用者を4年前の3分の1に絞り、三菱UFJは07年のピークの4分の1に減らす。これは「融資係」をAIに代替させるなどの工夫に拠るが、当然ながら地方銀行を含めその他の銀行も、同様な傾向である。
しかし、それはAIに加え日銀の「マイナス金利策」によって利益が激減しているからだ。表1のとおり大手金融機関も、18年第3~第4四半期には前年同期比20~30%近い減益となり、19年もほぼ減益が続いた。資本金1億円未満の金融機関も厳しい状況が続く。他方で日銀は景気対策として、金融機関の国債を買い、金融緩和を計っているが、この代金は各行の「日銀当座預金」に積まれたままで、あまり融資に回っていない。
(表1)金融業・保険業の資本金別経常利益の前年同期比増減率(四半期、%) |
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資本金 |
18年Ⅰ |
18年Ⅱ |
18年Ⅲ |
18年Ⅳ |
19年Ⅰ |
19年Ⅱ |
19年Ⅲ |
19年Ⅳ |
10億円以上 1~10億円 1千万~1億円 |
16.1 △ 11.2 △ 3.7 |
△ 1.5 52.3 4.5 |
△18.3 △1.7 △9.5 |
△ 28.1 △ 3.3 △ 27.3 |
△ 9.5 △ 4.8 1.2 |
△10.4 △5.6 △32.23 |
△14.3 △9.5 △11.2 |
22.2 △7.2 21.3 |
そこで日銀はマイナス金利策を導入し、この預金を寝かせておくと目減りする政策を採っている。銀行はそれゆえ、この目減りを防ぐべく引き出すが、「ゼロ金利やマイナス金利」では「融資益」が上がらない。ちなみにマイナス金利策は、「各行の日銀当座預金」に対する日銀の「利払い費」をゼロにするためでもある。
他方で企業大手は内部留保を潤沢に保有しているから、あまり借りてくれない。そこで大手行は、これを内外のファンドに超低金利で融資する。あるいは海外企業に融資する。たとえば大手3行は、海外企業どうしのM&Aに100兆円も融資している。また米投資ファンド「ブラックストーン」が3000億円で日本の「賃貸マンション」を買うが、その資金は日本の金融機関から融資されている。
これとは逆に日本の中小企業に対しては、銀行は融資し難い。この20年以上も続く不況下では、中小企業への融資は危険性を伴うからだ。結局、カネ余りの大手企業や内外ファンドに超低金利で融資するほかはない。このように日銀の金融緩和策とゼロ・マイナス金利策は、国民のカネを海外や大手企業に回し、国内に流通させることが出来ない。これは「実態を無視の政策」であるが、日銀はこうした現実を認識することが出来ていない。
こうした日銀策も背景となって、中小企業は安倍内閣になってからだけで30万社も廃業している。それが国民の「所得格差」をも助長し、不況脱出を不可能にしてきた。なぜなら中小企業に、被雇用者の70%以上が雇用されているからだ。
それにも拘らず最近の株価暴落に対して、日銀は「上場投資信託(ETF)」ばかりでなく、大企業の「コマーシャルペーパー(CP)」と「社債」の購入を増やし、いっそうの「金融緩和」を狙う。しかしこれでは、その資金が必要な中小企業や地域経済ならびに「コロナウイルス対策に起因する困窮家庭」には回らない。不必要な見当違い政策だ。他方ゼロ金利で困窮する銀行は、ついに預金者に「口座手数料」を課す手段に出ているが、その弊害は、ヨーロッパで実験済みだ。
(2)保険業界と「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」の苦境
マイナス金利策は、保険業界をも窮地に追い込んでいる。マイナス金利もしくはゼロ金利では、保険料の運用に拠る利益を上げられない。保険会社は安全運用を旨とするゆえ「株式投資」よりは「国債」で運用してきたが、マイナス金利の「日本国債」では運用益が上がらない。表1のとおり生保の収益も銀行と同様に厳しくなっている。
そこで生保は、顧客から受け取った保険料を「積立利率」の高い、例えば「アメリカ国債」で運用するなどの「外貨建て保険」に舵を切っている。しかし「外貨建て保険」では、保険者が外貨で保険金を受け取るゆえ、為替の動きにより「円換算の受取金」が元本割れとなりうる。たとえば新型コロナウイルスに拠る3月9日の「1ドル101円」の急激な「円高」などの場合である。
こうした点から生保会社に対する苦情が激増しており、「生保協会」はこれに対策を立てる事態となった。この問題も根本的には、日銀のマイナス金利策が引き起こした弊害である。ちなみに「日本生命」は、外貨建て保険の販売の休止に踏み切った。
同様に「年金積立管理運用独立行政法人(GPIF)」も、マイナス金利と株価激落に苦悩している。GPIFの運用は、安全資産の国債などの債券の運用が主であったが、2014年に運用資金の50%まで「内外の株式」に運用することができるという運用方針とした。国内株式と国外株式の双方に対して、運用資金の25%まで可能とした。しかし日銀のゼロ金利と今日の株価暴落では、十分な運用益が得られない。
そこで株式や債券よりリスクは高いが、大きい運用益が見込まれる「プライベートエクイティ(PE)ファンド)」の投資をも考慮しはじめた(厚生労働省審議会)。このPEファンドは、複数の機関投資家や個人投資家から集めた資金を基に「事業会社や金融機関の未公開株式」を取得し、同時にその企業の経営に深く関与して「企業価値を高めた後に売却」することにより、高いIRR(内部収益率)の獲得を目的とするところの「投資ファンド」である。したがって、この投資は危険性も大きい。
このような危険性の高い「PEファンド」をも考慮するのは、「年金基金」が、ゼロ金利策等により窮しているからだ。ちなみに「PEファンド」のうち投資に回されていない資金は、世界中で100兆円規模だという。このカネ余りが、企業買収の相場を引き上げており、この点でもPEファンド投資は、危険だと思われる。
前回のコラムで見てきたように重厚長大産業が低迷し、地域経済も衰退と失業を抱え込む。さらには「銀行」も「保険業界」も「年金基金」も窮状となり、預金や積立金の運用が、国民経済に役立てられない。これらを直視する企業経営と政策が不可欠である。
(3)弊害が大きい「日銀あべこべノミクス」-----円安至上主義が景気回復の妨害
日銀は消費者物価を年率2%上昇させて、景気回復を狙う手段として、13年から例外的な「金融緩和政策」を導入した。これは同時に「円安」を推進して、輸出促進を狙っている。しかし今日まで、いずれも効果が上がらず、逆に弊害が深刻となっている。たしかに10~12年の1ドル80円~85円の「円高」から、13~18年には1ドル110円ほどの「円安」になった。
しかしそれにも拘わらず「輸出数量」は10年より10%ちかくの減少が続いている。なぜなら自動車や家電の「海外生産」の割合が65~70%以上など、日本の輸出産業の多くが「海外生産」の割合を拡大してきたからだ。それゆえ「輸出数量」は、為替相場によって余り左右さない。日銀の政策は、この実態を認識しない見当違い策である。
(表2)各物価指数(2010年=100)の推移および2010~2018年間の上昇率(%) *輸出入物価指数は、円ベースの指数 |
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年 |
2012 |
2013 |
2014 |
2015 |
2016 |
2017 |
2018 |
上昇率 |
2019 |
消費者物価 企業物価 輸出物価 輸入物価 |
96.7 100.6 95.8 107.2 |
100.1 101.9 107.0 122.7 |
102.8 105.1 110.6 128.0 |
103.6 102.8 101.4 95.0 |
103.5 98.2 101.4 95.0 |
104.0 101.6 106.9 105.3 |
105.0 104.1 108.1 113.4 |
5.0 4.1 8.1 13.4 |
105.5 105.2 104.0 107.5 |
そればかりか「円安」によって、「輸入原材料」や「輸入食料品」の値段が跳ね上がり、これが中小企業と家計を苦しくしてきた。輸出大手は中小企業が製造した部品等を組み立てる「アセンブリ―(組み立て)産業」ゆえ、輸入資材の高騰は主に中小零細企業に降りかかる。また日本の食料自給率は、カロリー計算で37%に過ぎず、したがって食料の6割は海外に頼っているが、円安によってこの値段が跳ね上がり、これが家計を困窮させている。
2012年の「輸入物価指数(10年=100)」は107.2であったが13年には122.7、14年に128.0に跳ね上がった。15~16年のブレグジットに関係する「円高」で95.0まで下がったが、その後の円安で再び上昇し、輸入物価は10年~18年間に13.4%も上昇した。これに対して「企業物価」は同期間に4.1%の上昇に止まったが、これは大手企業の「下請け泣かせ」に拠るものだ(表2)。
円安による中小企業のコスト増にもかかわらず、大手企業は「中小企業の部品納入価格」を切下げさせてきた。安倍内閣の間に「中小零細企業」は30万社も消滅したが、これがその大きな要因だ。こうした状況から中小企業の「賃上げ」や「働き方改革」も進まないが、中小企業に被雇用者の70%以上が雇われている。それゆえ日本経済全体が「デフレ不況」「消費不況」に沈淪してきたのも当然である。
(4)異常な金融緩和策で日銀の自滅-----コロナ対策の被害者救済の大々的公的支援を!
日銀策は所期の目的の「消費者物価2%上昇」を達成できないばかりか、このように多くのマイナスをもたらしている。また円安による「輸入物価の上昇」から、貿易赤字を助長している。貿易赤字は東日本大震災から続き、13年と14年の「円安転換時」にとくに大きくなった。しかし16年の「ブレグジット円高」と17年だけは貿易黒字となったが、その後もは、赤字が続いている。要するに円安が「貿易赤字」を助長してきた。
さて日銀政策は、日銀自体にとってもマイナスが大きい。例外的な金融緩和策として「国債」ばかりでなく「上場投資信託(ETF)」で株式投資をしている。その購入額は16年から年6兆円を目標としてきたが、19年12月末時点のこの「ETF合計額」は29兆円に達した。その膨大な株式買いは、日経平均株価が1万9500円を下回ると「含み損」となるというが、現時点でもすでに4兆円ほどの含み損となった。
また日銀のバランスシートも、異常に膨らんでいる。2011年では「国債が77兆円」と「貸付金・その他」との合計で143兆円であったが、2019年末には「国債」が481兆円、「ETF」が29兆円、これと「貸付金・その他」の合計が573兆円で、バランスシートは2011年の4倍に膨張している。日銀がこの株式を売りに出せば、株価は暴落するが、この膨大な額から、また含み損からしても、永久に所有し続けることはできない。
他方でETFを通じて日銀が「間接的に5%以上の株式」を所有している上場企業は100社ほどに上るが、間接的な保有ゆえ「議決権」は、日銀ではなくETFを組成している会社が持つ。この議決権の動きも、日本経済にかなり影響を及ぼすであろう。
日銀の従来の金融政策は、以上のように景気対策としてはマイナスであり、新型コロナウイルス対策に拠る景気の落ち込みに対しても、全く無能である。また株価下支え策の日銀の「ETF・債券・CPの買い増し」も禍根となる。他方コロナ対策に拠るマイナスの影響は広範囲にわたるが、とりわけ中小企業、非正社員やフリーター、母子(父子)家庭、地域経済などが苦しくなっている。それゆえ、これらに対する大々的な支援の「財政投資」が不可欠である。
そのために既に何度か述べた「相続税と贈与税免除の無利子100年国債の発行」で900兆円ほどの「普通国債」を借り換え、「新規国債」もこれにする。これで「国債費」を毎年15兆円ほど浮かすことが出来、これを今回の公的支援のために使用すればよい。