現代貨幣理論(MMT)の実態無視と危険性

 戦後インフレとバブル経済

 最近のMMT(現代貨幣理論)では、政府は国債をいくら発行しても良いから、それによって景気拡大を図るべきだという。果たして本当だろうか。 

ドイツは第1次世界大戦後のイギリスやフランスなどに対する賠償金返済のため、貨幣を大量に発行したが、これが「金融崩壊」を招き、191823年の5年間に「1兆倍のインフレ」を招いた。同様に日本も太平洋戦争の戦費調達のために、国債を大量に発行し、戦後やはり異常なインフレとなった。1947年のインフレ率は125%(225倍)、1954年の消費者物価は、193436年平均の300倍となった。

 

 さらに1980年代後半には、日本の貿易黒字が毎年600900億ドルに達したが、このドルが円に換えられ、円は毎年、前年比10%以上も増刷された。その結果が「バブル経済」だ。当時はすでに「消費飽和状態」であったから、このマネーでも消費者物価は上昇しなかった。消費者物価が上昇すれば、直ちに買い控えとなるからだ。したがって増刷マネーは、株式と土地および高級家具や骨董品に向かった。

 

うして株価と地価が1000兆円以上も跳ね上がり、またデパートなどの高級品の値段が異常に高騰した。要するに「富士山型のインフレ」である。このインフレの長い裾野は殆ど値上がりしなかった一般消費財の「消費者物価」であり、このインフレの頂上を形成したのが「株価と地価」、中腹をなしたのが「骨董品や超高級品の価格」である

 

要するにMMTは、こうした歴史を考慮せず、政府がいくら金を出してもインフレにならないという。現在の日本の財政赤字を見て、日本政府はマネーを潤沢に出したが、インフレになっていないと主張する。しかし、それは日本では30年にも及ぶ不況が続き、またこの間に「所得格差」が急激に拡大したからだ。

 

この格差が縮小し、景気が本当に立ち直れば、ハイパーインフレになる可能性もある。したがって本欄でかつて主張した「相続税・贈与税免除の10年間は転売できない無利子100年国債」の発行で、1880兆円(206月現在)に上る「家計金融資産」を吸収し、同時に累積財政赤字を解消する必要がある。またこれで国債費を毎年14兆円ほど節約でき、社会保障を拡充できる。

 

 バブル経済の背景と結末

ちなみに巨額の貿易黒字の最初のころは、このドルでアメリカの国債(TB)を買っていたゆえ、日本に還流しなかった。しかしこの貿易黒字によって「円相場」が高騰した。世界は日本の輸出を抑えるために、1986年の「プラザ合意」を採択し、円相場は1ドル240円から120円への円高となった。したがって買い貯めたTBは、円に換算すると半値となってしまった。それゆえTB買いをやめ、輸出ドルを日本へ持ち込んで円に換えた。したがって実際に竹藪を掘って円が出てきたが、それほどまでに日本列島はあぶく銭だらけとなった。

 

この状況下で中曽根内閣は、「都心再開発策」を入れた。それゆえ東京の地価が高騰し、バブル経済の始発要因となり、全国の地価と株価の暴騰となったのである。これはアメリカ政府の要求に応じた政策である。アメリカ企業が中国へ進出するための「金融基地」を東京に置くから、東京のインテリジェント・ビルの値段を下げろとの要求であった。

 

ところがこの円高にもかかわらず、他方でなお貿易黒字が続いていた。それは円高により大手企業が海外から輸出するために、海外に組み立て工事を創設し、そこへ日本から原材料や部品および機械を持ち出したからだ。これは輸出勘定に入るゆえ、日本の貿易黒字がいっそう増大することになった。それゆえ円高がさらに進み、国内空洞化もさらに進むという「悪連鎖」となった。この「空洞化」と「土地に対する融資規制策の導入」との結果、当然にも「バブルの崩壊」を避けられなかった。

 

このように過剰な貨幣は、若干のきっかけでインフレやバブル経済を引き起こし、後始末が難しい事態を引き起こすのである。

 

 スタグフレーションの可能性

 またMMTの「政府がカネを出せば、景気が回復する」という主張も実態を見ていない。日本の政府債務残高は「日米構造協議」にも踊らされて、今やGDPの2倍以上(20年度末には2.6倍へ)となった。これほどに景気刺激をしてきたが、景気は回復していない。他方で半世紀前の東京オリンピックは、オリンピック景気をもたらした。しかし最近のロンドンオリンピックもモントリオールオリンピックでさえも赤字となり、景気効果も大きくなかった。

 

それは、「消費飽和」を経た先進諸国では、「限界消費性向」がかなり小さいからだ。かつての東京オリンピック当時は、家計に10万円の追加所得があった場合に、人々は8万円を消費に向けるほどに、「限界消費性向」が0.8と大きかった。それゆえ1兆円の公共投資から、5兆円の追加所得が生まれた(投資の乗数効果)。しかし今日は、消費飽和から限界消費性向は0.3ほどで、1兆円公共投資から生まれる追加所得は1.4兆円ほどに過ぎない。またここから上がる税収は約0.4兆円で、この公共投資は0.6兆円の赤字投資となる。

 

 もっとも日本をはじめ多くの先進諸国で、「所得格差」が拡大し「消費飽和状態」ではなくなっている。けれどもこの状態では大多数の国民が消費するだけの余裕がない。またその不安から、消費を極力抑制する。したがって上述のケインズ理論の「投資乗数効果」は限定的で、景気回復も難しく、他方で財政赤字が募る。したがってMMTに従えば、不況下のインフレの「スタグフレーション」をもたらす危険性もある。

 

 MMTは、思い付き程度の代物に過ぎず、マネー理論もケインズ理論に関しても、実態に即した理解と解釈が出来ていない。