(1)日本経済凋落への悪連鎖----失われた30年
1970~80年代には「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」と言われた「日本的経営」であったが、今やその面影さえもない。2018年の時点では「就業者一人当たりの労働生産性(年間付加価値額)」は、OECD36か国中21位で、OECD平均98921ドルの82%の81258ドル(約824万円)である。また日本の時間当たり労働生産性も46.8 ドルで、OECD 加盟 36 カ国中 21 位だ(日本生産性本部、2019年)。
スイスのビジネススクールIMDが20年6月16日に発表した「2020年版世界競争力ランキング」では、調査対象の63の国・地域のうち、日本は34位と過去最低を更新した。 同ランキングは1989年から毎年発表されており、日本は1989年から1992年まで総合1位であったが、「失われた30年」を象徴するかのように、徐々に順位を落としてきた。
このような日本経済の急激な凋落はなぜか。それには多くの要因があるが、根本的な要因は「成熟飽和経済」に達したにもかかわらず、依然として「経済成長至上主義」を貫いたことであろう。国内消費が飽和状態になると、世界的非難を受けるほどの「過剰輸出」に活路を見出し、そのために「長時間労働」を強いてきた。その結果、日本経済は次のような「悪連鎖経済」を経て、凋落の一途となった。
① バブル経済と悪連鎖経済
過剰設備投資 ⇒ 過当競争・低生産性・長時間労働 ⇒ 過剰生産 ⇒ 過剰輸出
⇒ 円高・過剰マネー ⇒ バブル経済 ⇒ 繁盛貧乏不況 ⇒ 空洞化経済 ⇒ 金融不安不況
過剰輸出で稼いだドルで、当初はアメリカ国債を買っていたが、円高にされ、この国債買いは大損となった。それゆえ輸出で稼いだドルは、日本に還流し「円」に変えられた。したがって円は、毎年10%以上も増刷される羽目となった。その結果、「株価と地価の合計」が、1100兆円も跳ね上がる「バブル経済」となった。
② 空洞化と円高の悪循環
円高 ⇒ 海外組み立て工場進出 ⇒ 部品と機械の持ち出し輸出 ⇒ 貿易黒字の拡大 ⇒ 円高の高進 ⇒ 海外(アジア)進出 ⇒ アジアのバブル経済とその崩壊
海外進出した日本の「組み立て企業」は、部品や機械を日本から持ち出したが、これは全て「輸出勘定」に入るゆえ、貿易黒字のいっそうの拡大となった。
③ 空洞化の第2段階
日本の海外現地工場が、部品・機械の調達も現地その他の海外で行う ⇒ 国内経済の停滞
④ 輸出プッシュと廉売によるデフレ
1) 円高克服のための輸出プッシュ ⇒ 製造コストの削減 ⇒ 下請け企業の搬入価格抑制 ⇒ 企業物価の抑制⇒ 中小企業の利潤圧迫 ⇒ 長時間労働・リストラ ⇒ 賃金の全般的低下・所得格差 ⇒ 消費不況
2) 大手販売店の過当競争 ⇒ PBなど低価格競争 ⇒ 製造コストの削減 ⇒ 下請け企業の搬入価格抑制 ⇒ 企業物価の抑制 ⇒ 中小企業の利潤圧迫 ⇒ 中小企業の倒産・企業数の減少 ⇒ 消費不況の深化 ⇒ 大手販売店の経営難
⑤ 消費不況
所得格差 ⇒ 消費不況とリーマンショックによる五里霧中不況 ⇒
五里霧中および不況脱出のためのリストラ ⇒ いっそうの不況=合成の誤謬不況
(2)長時間労働と生産性の低下
以上のような主に「大手企業」が主導し、中小企業が従属した「経済効率のための諸方策」のすべてが合わさって「合成の誤謬」となった。その結果が日本経済全体の急激な凋落である。これらのどこにメスを入れて修正べきか。実に多方面な解剖が必要であるが、先ずは出来るところから始めるほかはない。
ところで政府はコロナ禍の下で多様な働き方を探る試みとして、「選択的週休3日制」を検討している。子育てや介護、学業などに活用できるように、週休2日制度を維持しつつ、希望者が週休3日を選択できる制度である。また現在も週休2日をベースに、週休3日あるいは週休4日を選択できる制度を、「みずほフィナンシャルグループ」など一部の民間企業が導入している。
たとえば佐川急便は、正社員のトラック運転手に週休3日制を導入。Yahooは家族の介護や看護が必要な従業員を対象に「選べる勤務制度(週休3日制)」を、その他日本KFCホールディング、日本IBM、ファーストリテイリングほか13社ほどが、似たような3日制を導入している。
この「週休3日制」に関しては 、基本給が減少するとか、この制度が「人件費削減の手段」に悪用されるなどの疑問視の向きもある。しかしドイツやオランダなどでは、制度にはなっていないが、週休3日を実現している企業がきわめて多い。この点ついても、日本と比較すると欧州各国の生産性が高く、経済的な余力が大きいから、これが可能だという見解もある。たしかに先述のとおり、日本の生産性は、きわめて低い。
しかし日本の1人当たり生産性が低い大きな要因の一つは、労働時間が長すぎることである。すでにアメリカは50年代末に、EU諸国とりわけドイツは60年代末、日本は70年代中頃に「生産力成熟・消費飽和経済」に達し、生産力をフルに活用すれば、国内では消費できない過剰生産となるゆえ、従来のような経済成長は不可能となった。
しかし「経済成長主義」のアメリカに影響された日本は、この状態にもかかわらず「長時間労働」を変えることなく、世界的に非難されるほどの輸出に走った。これが「1億総中流意識社会」から墜落させ、「2倍の円高」「バブル経済とその崩壊」「リストラの横行」「新自由主義策・格差社社会」を招き、急激に「低生産性経済」に落ち込んだ。
(表1)1人当たり平均年間総労働時間(日本のカッコ内は正社員の労働時間)
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日本 |
アメリカ |
カナダ |
イギリス |
ドイツ |
フランス |
オランダ |
1990 2000 2005 2014 2018 |
2031 1821 1775 1741(2008) 1680(1998) |
1834 1836 1799 1796 1786 |
1796 1777 1745 1713 1708 |
1765 1700 1673 1663 1538 |
1578 1471 1431 1302 1363 |
1665 1535 1507 1387 1520 |
1451 1435 1393 1347 1433 |
労働政策研究・研修機構『国際労働比較2019年データブック』および「経団連19年調査資料」より作成
この表で明らかなように、日本の労働時間はEU諸国より極めて長い。もっともアメリカやカナダより短いが、正社員の労働時間に限ると、14年時点で2008時間、18年1998時間であり、依然として先進諸国で最長となっている。今日でもこの状況は変わっていない。
(3)人間の本性と高貴なる閑暇
これに対してドイツをはじめEU諸国は「成熟飽和経済」に到達すると、労働時間の短縮に努め「日頃のレジャーや長期間バカンス」を楽しむ方向に切り替えた。それが人々の精神的ゆとりを生み、労働生産性をも上昇させている。したがって「週休3日制」の検討は、この世界経済の推移からも望ましい。ちなみにアメリカは「軍需産業」にシフトして、経済主義を追求してきたが、その弊害は、ベトナム戦争からイラク戦争まできわめて多く大きい。
週休3日制は、人間の本性に対してはもとより、経済的にも意義が大きい。これらの諸点については、拙著『社会科学原論講義』の最終章「日本人のエートスと精神的ダイナミズム」を参考にして頂ければ幸いである。