(1)原油価格高騰と円安で物価上昇
中国やアメリカをはじめ世界的に経済活動が再開されてきたが、これが活発化するにつれ原油価格が上昇して、10月最終週には1バレル(WTI)85ドル台と、7年ぶりの高騰となった。したがって日本のガソリンも1リットル当たりの全国平均が、170円近くにまで跳ね上がり、電気・ガス料金などの価格も上昇してきた。けれども中東やロシアなど主要産油国は、増産ペースを渋っている。
他方で10月からパンやマーガリン、コーヒーなども値上がりしている。それは「円安」によって、小麦や牛肉など「輸入食料品」が値上がりしたからだ。物価上昇は海外でも同様で、アメリカでは11月の消費者物価指数が39年ぶりの上昇の前年同月比6.8%、イギリスも3%台上昇が続き、ユーロ圏の7~9月は前期比2.2%(年率換算9.1%)上昇。さらに中国が1%台、台湾、韓国、シンガポールも2%台の上昇だが、中国の9月の「生産物価格指数」は10.7%と過去最高の伸びとなった。
日本の消費者物価は、25年以上も続く「消費不況」ゆえ、2010年=100の指数で105近辺の微増であったが、今後は以上の状況から上昇局面に入る。とりわけ「日銀の金融緩和策」により、潜在的にインフレ要素が大きくなった。同時に「日銀のゼロもしくはマイナス金利策」が「円安」を助長し、これで輸入物価が上昇する。近年MMT(現代貨幣論)などが、国債をどんなに発行しても、インフレの心配はないと言うが、それは経済理論を実態(歴史的事実)に即して理解していないお粗末な説である。
(2)ハイパーインフレとバブル経済
ドイツは第1次世界大戦後の賠償金返済のため、貨幣を大量に発行し1918~23年間に1兆倍の超ハイパーインフレとなった。また日本も太平洋戦争の戦費調達のために、国債を大量に発行し、敗戦直後「預金封鎖」し「新円切り替え」を強行したが、1947年のインフレ率は125%(2.25倍)、1954年の消費者物価は、1934~36年平均の300倍となった。
さらに過剰通貨は、1986~90年の日本の「バブル経済」も引き起こした。日本の輸出は1980年代に入ると、毎年600~900億ドルの貿易黒字となり、このドルでアメリカなどの不動産や国債を買いあさった。しかし先進諸国はこの日本の輸出を抑えるために、1985年「プラザ合意」を取極めたが、これを契機に1ドル270円から120円の2倍以上の円高となった。したがって買い占めたアメリカの不動産価格も国債も、円換算で半値に暴落した。
他方で600~900億ドルの貿易黒字がなお続いたから、黒字ドルを日本に持ち帰り、円に換えた。したがって日銀は前年比10%以上の円の増刷を毎年続けた。その円が地価と株価を合計1100兆円も跳ね上げる「バブル経済」を引き起こした。実はこのバブル経済は「富士山型のインフレ」だ。その頂上を形成したのが「株価と地価」であり、中腹を形成したのが「高価な装飾品・家具・骨董品」であった。これによりデパートは店舗拡張や新店舗を増設したのである。
他方で「富士山型インフレの長い裾野」が、価格上昇なしの一般物価であった。なぜなら当時は1億総中流意識と言われるほどに、経済格差が小さく、国民はみなほぼ消費十分な「消費飽和状態」であったからだ。この状況で価格を吊り上げれば、たちまち「買い控え」が生じるから、一般物価は長い裾野となった。しかし「富士山型インフレ」は経済実態から乖離しているゆえ、間もなく崩壊し、株価と地価は合計1000兆円以上も下がり、百貨店は増設した店舗の店じまいを余儀なくされた。
(3)日銀の国債保有額500兆円の超金融緩和----だが消費不況!何故か
2020年度の政府予算の歳出は、補正予算も含むと175兆円、したがって「国債発行」は108.5兆円超で歳出合計の62%にも達した。同様に21年度は歳出が142.5兆円超、国債発行が65.6兆円ほどで、歳出の46%となっている。これらから今日は政府の累積国債だけで990兆円もあり、22年3月には1014兆円に達する。
国民の預貯金で銀行などが国債を買い、その国債を日銀が買いとる「金融緩和策」だが、これで日銀の買い取った国債保有額は500兆円超となった。したがって500兆円の紙幣増刷と同じことである。それゆえカネがだぶついてインフレとなるはずだが、現在はそうなっていない。何故か。
銀行は日銀に売った国債の代金を「日銀の当座預金」としており、これを余り引き出さない。大手企業も高所得者も十分資金があるから銀行から借金をしないからだ。他方で銀行は困窮する中小企業や低所得者に対しては融資し難い。景気低迷ゆえなおさらだ。したがってカネは日銀に留まっている。高所得者以外は消費のカネを持たず、また将来不安から消費を控える。こうして消費不況が続いている。
要するに日本経済は「所得格差⇒消費不況⇒設備投資減少⇒経済悪化⇒実質賃金低下⇒所得格差拡大⇒消費不況深化」の悪連鎖だ。この悪連鎖を切断し、将来不安も減少すれば、消費不況は克服される。しかしその場合には金融緩和の「あぶく銭」と「円安による輸入物価高騰」とによって「ハイパーインフレ」となる。
(4)GDPの2.5倍以上の公的債務-----大戦直後の財政赤字よりひどい
現在の中央政府、地方政府、社会保障基金の合計の「公的債務」はGDPの2.56倍以上であり、戦後のハイパーインフレ時の同割合よりも大きい。この日本の割合は次表のとおりで、超危険な異常さである。他方で日銀は銀行等に「日銀当座預金」を引き出させるために、マイナス金利政策を導入した。引き出さなければ、この預金が目減りするという脅しだ。
債務残高の対GDP比(%)IMF “World Economic Outlook” (19年10月)より作成 |
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2005 |
2010 |
2015 |
2019 |
2020 |
日本 アメリカ イギリス ドイツ フランス |
176.8 65.4 39.8 67.4 67.4 |
207.9 95.4 75.2 82.3 85.3 |
231.6 104.7 87.9 72.0 95.6 |
237.7 106.2 85.6 58.6 99.3 |
256.2 108.0 84.8 55.7 99.2 |
*数値は一般政府(中央政府、地方政府、社会保障基金の合計)ベース *日本の債務額----およそ20年1380兆円、21年1430兆円 *日本以外は2019年からの推計値 |
これにより銀行は「日銀当座預金」を引き出さざるを得ないが、融資先がない。そこで超低金利で「内外ファンド」に融資し、この海外ファンドが北海道のスキー場やホテルあるいは九州の風光明媚な土地やホテル、さらには都心のマンションを買い漁っている。また大手3行は、海外企業同士の「M&A(合併・買収))に100兆円も融資している。日銀の無謀な政策により、国民の預貯金がこのように使われているのだ。
(5)立て直し策-----不公平な産業二重構造の改善と無利子100年国債
これらを含む日本経済の消費不況を改善するには、本コラムでも度々主張してきたように、第一に「不公正な二重産業構造」の改善に拠って、中小企業が当然の利益を確保し、従業員とりわけ非正規雇用者の賃上げを遂行することである。
そのために中小企業の「同業者組織」および 「異業種を含む地域業者組織」を強化し、大企業に対抗する「拮抗力」を付けることだ。それを国の政策でも推進すべきである。これなくして中小企業の賃上げは不可能だ。賃上げする企業の税金を減税するなどの政策では、埒が明かない。税金を払える企業は4割に過ぎず、その多くが大企業であるからだ。
2010~2018の間に輸入物価は13.4%上昇しているのに、企業物価は4.1%上昇に止まっている。これは大手輸出企業が、下請けはじめ中小企業からの納品価格を抑え続けてきたからだ。この両物価の上昇率の差だけ中小企業は苦しくなった。中小企業は輸入原材料の値上がり分を、企業物価に上乗せすべきだ。この大手企業の横暴を跳ね返すための「中小企業社組織の拮抗力」が不可欠である。これにより中小企業の賃上げも可能となり、景気回復の後押しとなる。
ちなみに自動車や家電をはじめ「大手輸出企業」は、製造業ではなく「組み立て業(アッセンブリング」であるから、輸入原材料価格の上昇の影響は、中小企業のようには厳しくない。
第二の不可欠な政策は『10年間は転売できない、相続税・贈与税免除の無利子100年国債』を、高所得者に売り付けて、1000兆円の国債を借り換えることだ。これによって「累積財政赤字」を解消すべきである。全世帯の30%以上がゼロ預貯金なのに、国民の金融資産が1984兆円もあり、これが超高所得者に集中している。したがって彼らの危惧は相続税と贈与税であり、これを免除すれば、このカネのかなりが「無利子国債」に向かう。
この施策は「金持ち優遇」ではあるが、異常な政府の借金は、これ以外に改善する方策はない。またこの膨大な金融資産にも拘わらず、現在の「相続税・贈与税」の「税収総額」は、たったの2兆円弱に過ぎない。高所得者は海外に40万件も預金口座をもち、節税もしくは脱税を企図しているからだ。これを防ぐためにも、この無利子国債が役立つであろう。また
現在の毎年度国家予算の「国債費」は23~25兆円であるが、無利子100年国債で、これを9~10兆円に抑えることが出来、差額の15兆円ほどを社会保障関連費に回すことが出来る。