物価上昇と不況の深化を助長する円安策
企業間の取引価格「企業物価」の対前年同月比は、2月が9.7%増、3月も9.5%増で、39年ぶりの高水準となり、さらに4月は同比10.0%増で、1980年12月以来40年ぶりの2ケタ上昇となった。また前年水準を上回るのは14か月連続。コロナ禍が、世界の原材料や食材・食料品および工業部品供給網を縮小させ、加えてそれらの運搬費用をも跳ね上げたからだ。そこにロシアのウクライナ侵略が加わって、様々な物資の供給不安が生じ、物価を押し上げている。
しかし日本の企業物価の高騰は、とくに「円安」に由来するところが大きい。石油や鉱物資源をはじめ原材料に乏しい日本は、これらを輸入に頼る。また「カロリー計算の食料自給率」は、37~38%にまで落ち込んでいる。したがって円安策の遂行は、当然のこと「輸入物価」を高騰させ「企業物価」も上昇させる。
本年1~3月の「輸入物価指数(10年=100)」が139.8、「企業物価指数」は114.3である。このように原材料や食材・食品の価格である「輸入物価の高騰」が企業物価を押し上げた。しかし企業物価の上昇率は、輸入物価の上昇率の3分の1強に過ぎない。
(表1)各物価指数(2010年=100)の推移および2010~2018年間の上昇率(%) *輸出入物価指数は、円ベースの指数 |
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年 |
2017 |
2018 |
上昇率 (%) |
2019 |
2020 |
21年 1~3月 |
21年 4~12月 |
22年 1~3月 |
消費者物価 企業物価 輸出物価 輸入物価 |
104.0 101.6 106.9 105.3 |
105.0 104.1 108.1 113.4 |
5.0 4.1 8.1 13.4 |
105.5 105.2 104.0 107.5 |
105.5 104.3 100.8 117.8 |
105.3 104.2 98.1 102.1 |
105.2 109.0 105.6 113.5 |
106.1 114.3 110.8 139.8 |
したがって輸入原材料で部品を生産する「中小企業」や、輸入食材で「食品」を創る企業は、この指数の差だけ「川上インフレ・川下デフレ」とも言える窮状だ。また国民生活も1リットル170円超の高騰ガソリンをはじめ、食品の値上げに困惑しているが、これらの最大要因は、日銀の「円安」政策に他ならない。
通貨の購買力を示す国際指標「実質実効為替レート(10年=100の指数)」は、円高が進んだ1995年4月が過去最高の150.85、しかし本年2月は67.55と、1972年6月以来の低さだ。その2月のレートは1ドル115.20円であったが、4月は125~130円までの円安となったから、実効レートはさらに下がり、95年の3分の1ほどの水準となった。
ちなみに1994年には、日本のGDPは世界のGDPの17.9%を占めたが、21年はこれが5.7%に激減している。上述のとおり「円の実力」が、この間に3分の1ほどに低下したゆえ、ある面でこれも当然だ。
日銀の国債購入-----中小企業・地銀の困窮と海外ファンドの跋扈
日銀は13年から、経済成長のために「異常な金融緩和策」を導入した。その指標を「消費者物価上昇率2%」と定め、これを目指して「国債の購入」「株式購入」「ゼロないしマイナス金利」を実行してきた。その結果、日銀保有の国債は12年の113兆円から21年末には521兆円と5倍となり、国債残高1000兆円ほどの約半分を保有する。
日銀は「金融機関保有の国債」を買い、金融緩和を図っているが、この代金は各行の「日銀当座預金」に積まれたままで、不況ゆえにこのカネは余り融資に回っていない。そこで日銀は「マイナス金利」を導入し、このカネを寝かせておけば目減りする政策を採った。しかし「ゼロ金利もしくはマイナス金利」では「融資益」が上がらない。
これは逆効果で「超低金利策」が、金融機関とりわけ地方銀行の収益を悪化させた。それゆえ地銀がリスクを採って地元企業を支えることをも難しく、景気悪化を助長してきた。他方で大手行も、大手企業などに対する大口融資が難しい。なぜなら大手企業は内部留保を潤沢に保有しているからだ。
そこで大手行は、内外のファンドに超低金利で融資する。あるいは海外企業に融資する。例えば大手3行は、海外企業どうしのM&Aに100兆円も融資している。また大手行から融資を受けた海外ファンドが、北海道のニセコや富良野のスキー場やホテルを買収し、ここに高級ホテルを建てた。したがって富良野の地価は3年で4倍に跳ね上がった。
また海外不動産投資ファンド「アジアゲートグループ」も、東北地方の幾つかのスキー場でも同様な買収・投資をしている。さらに東京の新築マンションにも投資しているが、東京23区の新築マンション平均価格が9000万円超にまで高騰した。もっともこの背景には「富裕層の節税対策」もある。いずれにせよ庶民の銀行預金が「日銀の国債買い」を経由して、このようなカネの流れを助長し、他方でそれが国民の所得格差と不況を深刻にしてき。ちなみに「家計の金融所得」の合計額は、21年12月に2023兆419億円と膨大となった。
無謀な「官製株価」と「国債指値オペ」
また日銀の株式保有時価総額(上場投資信託ETF)は、21年7月時点では51.5兆円で、それまで最大であった「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」の47.2兆円を上回った。ちなみに21年末の「東証1部株式時価総額」は728.4兆円で、そのうち日銀とGPIFの保有額合計が約100兆円ゆえ、日本の株価は「官製相場」だと言えよう。
したがって日銀が株式を売却すれば、株価暴落の恐れもあり、株価売却による「金融緩和縮小策」は難しい。また日銀に依存する国債の危険性から、国債が売られれば、長期金利が上昇し、さらに景気悪化の恐れだ。これを防ぐため日銀は、長期金利を0.25%に抑えるべく、無制限に国債を購入する無謀な「連続指し値オペ」を発表した。
このように異常な金融緩和策は壁にぶつかり、他方で「円安」を高進させている。アメリカやEU諸国は、インフレンを避けるべく金利をアップさせているから、「円安」はいっそう進む。本年初からの「通貨の対ドル低下率」は、ユーロが3.48%、英ポンド2.59%に対して、円は8.65%の大幅な落ち込みだ。
円安スパイラルと所得格差および貿易赤字の高進
日本の輸入の7割がドル建てゆえ、このドルを調達する「円売りドル買い額」が、円安の高進でいっそう大きくなり、「円安のスパイラル」に陥っている。他方で円安により「ドル建て輸出の円換算額」も膨らむ。また海外子会社が稼いだドルの円換算額も膨らむ。したがって大手企業は、円安によって二重に儲かり、株価も上昇した。これらから日銀の円安策を、大手企業は歓迎し、政府も放置してきた。
ちなみに大手製造業は、下請け中小企業から購入する部品等を組み立てる「アセンブリング(組み立て)業」であるから、輸入原材料の価格上昇の影響を余り受けない。したがって円安は「大手製造業」には有利に、中小企業にはストレートにマイナスとなる。
先の表で10年~18年間の物価上昇率は、「企業物価」が4.1%に対して「輸出物価」は「円安」により8.1%であるから、この差だけ輸出大手企業の儲けが大きくなっていた。しかし19年以降は「輸出物価上昇率」が「企業物価上昇率」より小さくなっている。円安と、コロナ禍およびウクライナ戦争による影響で、輸入物価が異常に高騰したゆえ、大手企業もある程度の「企業物価」引き上げを認めざるを得なくなったからだ。
他方で中小企業の経営難から所得格差が拡大し、所得格差社会も限界に近づいている。したがって一般国民の生活は、きわめて厳しくなった。同時に円安による輸入額の増大が、貿易赤字をも常態化させ、これも円安を助長している。円安は「ドル建て貿易の円換算額」を、「輸出価格」も「輸入価格」も上昇させるが、日本の貿易は輸出の5割がドル建て、輸入の7割がドル建てであるから、「円安」はこの差の2割分だけ「貿易赤字」を助長する。
以上のような日銀の愚策を克服するには、かつて本欄で述べた「中小企業の拮抗力に拠る利益確保と賃上げ」が重要である。これにより格差が是正され、国民の消費力が回復する。また大手企業と高所得者に対する増税と、「無利子100年国債に拠る赤字国債の借り換え」も必要である。