先行き不安のイギリス経済
イギリスの瓦解したトラス政権は、景気回復策として総額450億ポンド(約7兆円)の「大型減税」を打ち出した。第1に所得税の最高税率を45%から40%に引き下げる。第二に不動産所得税の税率を引き下げる。第三に法人税の引き上げを凍結する。また銀行員の賞与の上限規制を撤廃する「規制緩和策」も導入する。
しかし、このような「経済成長重視」の政策は金持ち優遇であり、国民の所得格差が拡大する。他方でインフレに対しては無防備であるから、生活困窮者はいっそう厳しくなり、その国民の割合も増加する。したがって政権支持率は21%まで落ち込んだゆえ、すべての減税政策を撤回した。それでも支持率はさらに1ケタまで落ち込み、首相辞任となった。
もっともインフレに対しては「利上げ」を続行し、また景気政策の財源を「保有国債の売却」などに求めるが、これら双方ともに金融引き締めインフレ策である。しかし他方で「国債購入」の金融緩和策も進める。さらに家庭や企業向けの電気・ガス料金を、政府が約9兆円補充することにより半年間凍結すると言うが、その財源も問題である。
このような矛盾した政策ゆえ、経済の先行き不安から英国債の金利が急上昇して、国債、株安、ポンド安のトリプル安に陥った。IMFもこのようなトラス政権の政策に疑問を呈した。
日本もイギリスの二の舞か!
<1億円のカベ>
日本の現政権の政策にも、イギリスと似た側面がある。防衛費の増額や電気などエネルギー代の補充、脱炭素政策(GX<グリーントランスフォーメイション>経済移行債)その他を打ち出しているが、これらの財源は不明だ。他方でいわゆる「1億円の壁」や「インボイス」などの「所得格差拡大」の税制問題を抱える。
総所得が1億円以上を境にして、所得が増えるほど「税負担率」が低下するという矛盾がある。給与所得税は累進課税で、最高税率は所得4000万円以上に対する45%(住民税を含むと55%)である。しかし他方で株式の配当や売却益などの金融所得に対する「金融所得税」は、「労働所得税」と区別され一律20%である。
それゆえ金融所得が多い富裕層ほど「総税負担率」が軽くなり、一般に総所得が約1億円を超える年収は、総所得に占める金融所得の割合がきわめて大きい。それゆえ「総所得に対する税率」が低下していく。例えば所得100億円以上では13年が11.1%、14年は17%だけの負担であったと言う。また最近では年収100億円より年収400万円の方が、「税と社会保険料との総負担率」は高いという計算も出ている。
<インボイス問題>
現政府が導入しようとしている「消費税インボイス」も、中小企業やフリーランスにとって大きな問題だ。BさんがAさんから商品を仕入れて売ると、Aさんは販売した額に消費税が掛かり、Bさんも販売した額に消費税がかかる。しかしBさんの消費税額は、Aさんが支払う消費税額を差し引いた額で良い。ただしこの場合Aさんから「インボイス(適格請求書)」を、受け取っていなければならない。けれどもAさんが「課税事業者」でない場合には、インボイスを出せない。
現在は「売上が1000万円以下の事業者」は、「免税事業者」であり、インボイスを出すことが出来ない。そこで課税事業者は、免税事業者からの仕入れを止めがちで、免税事業者は苦しくなる。実際にインボイスを導入しているヨーロッパでは、免税事業者は殆ど淘汰されてしまった。日本でもインボイス導入で、フリーランスをはじめ1000万人以上が影響を受けると言う。ちなみに農林水産業を除く免税事業者は372万社である。
他方で被雇用者の70%が中小企業に雇用され、フリーランスも500万人ほどゆえ、インボイス問題を見過ごすことは出来ない。インボイス導入により、貧困者が増加し、所得格差が拡大する。ちなみに21年の民間の「非正社員平均給与」は198万円、正社員の平均給与は508万円であり、両者の給与差は310万円。それでもこの差は縮小傾向だと言う。
これらから「全体の平均給与」は443万円(前年比2.4%増)で、3年ぶりの増加(国税庁)だが、インフレで非正社員の困窮度が増している。財務省はインボイス制度を導入すると、先の「免税業者372万社」のうち161万社が「課税業者」を選択し、合計2780億円の増収と推測している。このようにインボイスには税収増の狙いがあるが、それにより困窮者が増大しよう。イギリス政権と同じ轍を踏むのか!
イギリスと日本の真逆な外国人労働者問題
イギリスでは外国人労働者の流入が多く、イギリス人としての彼らに対する「社会保障」が多額に上ってきた。他方でサッチャー政権以来の「新自由主義政策」によって、社会保障全般が削減されてきた。年金支給額をはじめ老齢保証が縮小した。同時に新自由主義政策によって「所得格差」も拡大し、生活困窮者も増加している。
したがって高齢者の多くが「外国人流入」を抑え込み、彼らに対する社会保障費を節約して「老齢保証」を厚くすることを望んできた。EUを脱退したブレグジットの最大要因が、これである。EUに止まれば、外国人労働者の流入を抑制できないからだ。このような高齢者の思いは、所得格差拡大ゆえに、若者のへも次第に伝染し、国民の大多数がブレグジットに賛成したのである。
実は日本でも「外国人労働者問題」があり、彼らに対する処遇が不十分もしくは法令違反が指摘されてきた。しかし加えて新たな問題が生じている。それは「円安」の進展に伴って、外国人労働者が日本離れし、全体の4割を占めるベトナム人をはじめとして、帰国者や日本を選択しない外国労人働者が増えていることだ。
米ドル換算の賃金は過去10年で4割減り、アジア新興国との差は急速に縮まっている。それゆえ農業、商業とりわけ建設や介護など外国人労働者の人手が必要な業種でも、彼らの「日本離れ」が始まった。労働力確保には魅力ある就業環境の整備が急務だ。とりわけ外国人が多い建設現場などでは、人手不足が懸念される。
他方で日本の毎年の人口減少数は、若干の県の全人口ほどの60万人に達している。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す「合計特殊出生率」が2021年は1.30で、先進諸国の中で最低である。しかも6年連続の低下で、「出生数」も過去最少だ。これに対して欧米諸国は、新型コロナウイルス禍後に出生数を回復させている。
だが日本の「少子化対策」は、欧米諸国の対策と比べて見劣りするうえ、既存制度が十分使われず、支援が空回りしているという。このままでは人口減少の加速に歯止めがかからない。したがって当面は、いっそう外国人労働者に頼らざるを得ない。
そのためにも先ず円安を転換させる政策が不可欠である。円安は「輸入インフレ」「貿易赤字」「中小企業の困窮化」「所得格差」「生活費の高騰」に加えて、この「外国人労働問題」をも引き起してきた。この弊害だらけの「金融緩和策」を止めるべきである。