「悪連鎖経済」の克服と「賃上げ」の方途

   輸出主導・経済成長主義の弊害

 首相をはじめ、殆どの経済評論家の年頭の挨拶は、「賃上げ」の主張であった。これまで30年間も続いた景気低迷から脱出するには、何よりも「賃上げ」が重要だということだ。確かにこれは重要であるが、ではなぜ賃金が低下してきたか。どうすれば「賃上げ」が可能かということに関しては、全く触れないか、あるいは見当違いの指摘であった。

 

 この点を明らかにするために先ず、これまでの「賃金低下・消費不況」の推移と原因を検討しよう。アメリカは1960年代初めに、ドイツは60年代末に、日本は70年代半ばに「成熟飽和経済」に達した。一方で生産力が成熟し、他方で殆どの家庭で必要な物資を所有している状態であった。それゆえ成熟した生産力をフルに発揮したら、それに見合う消費はなく、モノ余りとなる状況であった。

 

 このような「成熟飽和経済」に到達すると、余程の手段を講じないかぎり、従来通りの経済成長は望めない。またその意義もない。そればかりかこの成長は、多くの弊害をまき散らす。したがって従来の「経済成長主義」に代えて、「時短」をはじめ「生活重視」「生活享受」に路線を変えるべきであり、ドイツをはじめ欧諸国は、時短や長期休暇を果敢にすすめてきた。

 

 これに対してアメリカと日本は、依然として経済成長路線を変えなかった。アメリカは「軍事産業」にシフトして経済成長を追求したが、その結果が「ベトナム戦争」から「イラク戦争」までのアメリカの関わりと扇動であった。その背景には「東西冷戦」もあったが、しかしアメリカの軍事産業重視が、これらの戦争を直截的にプッシュした。

 

 他方で日本は「輸出主導主義」によって、いっそうの経済成長を目指した。その結果が「プラザ合意に拠る円高」と「バブル経済」であった。86年には1ドル240円から120円の2倍の円高にされ、したがって大手企業は海外生産にはしり「国内空洞化経済」を余儀なくされた。加えて輸出で稼いだドルが、国内に還流して株価と地価を1100兆円も吊り上げるバブル経済をもたらした。70年代の「公害」も、こうした経済成長主義にも拠る。

 

 他方でこの輸出第一主義によって企業の「コスト削減」「利益率低下」の産業構造となり、とりわけ中小企業は「生産物の価格切下げ」を、大手企業から飲まされた。それでも大手企業の輸出増大で、中小企業の仕事も増え、賃金も上げることが出来たゆえ、この「利益率低下」に慣らされた。またこの背後には「中小企業の過当競争」もあった。

 

中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」と「賃金低下・消費不況」

および「円安策」の悪連鎖

 ところが「日本のバブル崩壊不況」に加えて「新自由主義政策」や「リーマンショック不況」の結果、正社員のリストラが横行し、「正規雇用者数」は99年の4230万人から20213594万人へと636万人も減少した。それゆえ逆に「非正規雇用者数」は同期間に512万人から2077万人へと1565万人も増加した。この推移から「実質平均賃金指数(2010年=100)」は、2000年の105から21年の99へと落ち込み、2213857993と低下した。また「実質家計消費指数」は同期間に116から10221年)へと13%も落ち込んでいる。

 

 このような近年の賃金および消費の低下を、さらに「円安政策」が助長してきた。被雇用者の70%が中小企業に雇われているが、中小企業の利益は「円安」によって極端に低下し、賃金を上げる余裕がない。中小企業は「川上インフレ・川下デフレ」に陥っている。円安による「輸入原材料価格」の高騰を、生産した部品や製品の「納品価格」に転嫁できず、逆に円安にもかかわらず納品価格を、大手輸出企業や大手販売業から下げさせられてきた。

 

これは中小企業の非製造業サービスについても、同様である。2010年から2022年の間に「輸入物価」は2.2倍(220%上昇)となったが、企業間取引の「企業物価」は20%上昇しただけである。この極端な差だけ中小企業が困窮化しており、被雇用労働者の70%を雇用する中小企業の殆どが、賃上げの余力はない。したがって消費も低迷し、「消費者物価」を上げることもできない。それが「企業物価」の抑制にも繋がっている。

 

所得格差の拡大と消費不況

こうした状況から先述のとおり、2010年から22年(79月)間に「輸入物価」が220%も上昇したが、「企業物価」は20%、「消費者物価」は5%の上昇に過ぎない。こにように消費者物価の伸びが極めて低いにも拘わらず、「消費」が伸びない。そのもう一つの要因に、「所得格差」の拡大がある。高所得者は収入には余裕があるが、「消費飽和状態」で消費したい商品が少ない。これに対して低所得者は消費したくとも所得が足りない。

 

所得格差を見ると、正社員の年収平均は508万円(月給42万円)であるが、年収300万円(月給25万円)以下が、全給与所得者の40%を占める。男性の23%、女性の64%がこの水準だ。なぜなら非正規雇用者が全雇用の約40%を占め、非正規雇用者の年収平均は198万円(月給16.5万円)と低いからである。

 

これまでの考察から明らかなように、「経済の長期低迷・消費不況の持続」の要因は、「賃金の低下」と「非正社員の増加・所得格差」の拡大である。そして「賃金低下」の要因は、第1に「大手企業による中小企業泣かせ」の産業構造、第2に「異常な円安政策」である。

 

したがって「賃上げ」のためには、先ずこの産業構造の転換により、次のごとき「悪連鎖」を断ち切ることが不可欠である。加えて「正社員と非正社員の賃金格差」を是正すべく、「同一労働は同一賃金に向けてのワークシェアリング」を推進することも不可欠である。

 

円安⇒⇒輸入物価の高騰⇒⇒「中小企業の川上インフレ」⇒⇒「大手企業による中小企業の納品価格(企業物価)の切り下げ」⇒⇒中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」⇒⇒賃金の全般的低下⇒⇒消費不況⇒⇒消費者物価の低迷⇒⇒企業物価の低迷⇒⇒「中小企業の川上インフレ・川下デフレ-----

 

中小企業の拮抗力とパートナーシップ構築

この産業構造の悪循環を、いかにして断ち切るかだ。円安策を止め、同時にこのような産業構造を転換させることが不可欠である。それには「大手企業による中小企業泣かせ」を止めさせることが出発点であり、それは可能だ。なぜならこの長期低迷経済の中で、大手企業は最高利益を更新し続けているからである。

 

経常利益指数(2010年=100)は、19年が1632119222年上期235と伸びているが、これは大企業の利益が大きく伸びているからだ。ちなみに2020年度の「営業利益」の実績を見ると、全企業の0.3%に過ぎない「資本金10億円以上の企業」が、全営業利益の62%を、0.7%の「資本金1~10億円の企業」が同21%を占め、99%の「資本金1億円未満の企業」は同17%を占めるだけである。

 

このような大手の超利益からしても、中小企業は「同業者組織」および「異業種を含む地域業者組織」の連帯を強化し、ガルブレイスが主張した「大企業に対する拮抗力countervailing power」を行使して、「大企業による中小企業泣かせ」 を拒否すべきである。各地の商工会議所も、これに協力すべきだ。この点を筆者は30年以上前から主張してきたが、この問題の深刻さに「中小企業庁」も漸く気づいたらしい。

 

中小企業庁は昨年「大企業と中小企業とのパートナーシップ構築宣言」を提唱し、これに1万8000社が加わる状況となっている。それは「不合理な減価を求めない、適正な利益のために協議する」という内容である。これを受けて「公正取引委員会」も、そのような価格交渉に応じない企業4030社に警告し、とくに13社名を公表した。

 

このパートナーシップに、さらに多くの企業が実質的に参加し、また中小企業の「拮抗力」が強化されれば、当面のインフレ(消費者物価上昇)はさらに進むが、長期的には「公正な産業構造」が実現して、先の「賃金低下・所得格差・消費不況の悪連鎖」が解消するであろう。