春闘賃上げと中小企業および非正社員の苦境

「賃上げ」広がっても「実質賃金」低下

 今年の春闘は物価上昇を背景に、平均の賃上げ率が30年ぶりの高水準となった。労働組合の中央組織「連合」に拠ると、正社員が前年比3.58%、非正社員は5.01%の賃上げであった。近年の賃上げ率は2%内外であったから、かなりの成果と言える。しかし現在の「労働組合の組織率」は17%と低いゆえ、この成果が及ぶ範囲は限られている。

 

 けれども商工会議所の調査によると、中小企業も6割が賃上げを決定したという。中小企業の業績は改善していないが、人手不足と物価高に鑑みて、止むを得ない賃上げだったという。こうしてみると、本年の賃上げはかなり広範囲に広がったと言えよう。

 

 問題はこの賃上げが「実質賃金」のアップをもたらしたかという点と、今後も中小企業の賃上げが可能かということである。22年度の「消費者物価上昇率」は3.8%であったゆえ、22年度の「賃上げ」でも「実質賃金」は前年比1.8%のマイナスであった。また本年15月の消費者物価上率平均も3.4%であるから、本年の賃上げ率でも、実質賃金はほぼ横這いに過ぎない。

 

それどころか「生鮮食品を除く食料品」が、たとえば5月は前年同期比9.2%アップ。加えて6月は大手電力7社が家庭用の規制料金を値上げしたゆえ、消費者物価はいっそうの高止まりで、実質賃金は事実上「低下傾向」が続く。加えて日銀の金融緩和策の継続によって、再び1ドル150円も視野に入る「円安」傾向となり、「輸入物価」が急上昇し、それが消費者物価を押し上げる。

 

中小企業および非正社員の困窮----構造的な消費不況の持続

中小企業の業績は全般的には依然として、「円安」と大手企業による「買いたたき」の双方によって、厳しさから抜け出し難い。したがって今後の中小企業の賃上げも難しい。ちなみに全企業の99.7%が中小企業であり、ここに勤労者の70%が雇用されているゆえ、事態は深刻である。

 

加えて非正社員の賃金が全般的に低いことも、消費不況を助長している。非正社員の賃金は、全平均で正社員賃金の68%、大手企業は61%に過ぎない(表1)。今春闘で非正社員賃金が5%以上アップしても、それゆえ依然として非正社員の生活は厳しい。22年時点で非正社員は、全被雇用者の38%の2100万人超にも達している。

 

ちなみに非正社員数の多い順に並べると、第1位がイオンで全社員の62%の253000人、第2位が郵政の同38%の147000人、第3位がトヨタの同17%の8万人、第4位はセブン&アイ・ホールディングの同56%の76000人、第5位はファーストリテイリングの同53%の63000人である(東洋経済データー)

 

  (表1)雇用形態別、性別、企業規模別の平均賃金(2022年、単位千円、千円以下四捨五入

 

男女計

男性

女性

全年齢の

総計平均

正社員

328

非正社員

22168

正社員

354

非正社員

24870

正社員

276

非正社員

19972

大企業

中小企業

小企業

375

319

294

22861

22270

20971

405

343

314

25663

24772

23374

308

274

252

20667

19872

18875

*非正社員は正社員および正規職員以外の従業員  *カッコ内は正社員賃金に対する非正社員賃金の割合(%)   *大企業:資本金10億円以上、中小企業:資本金1~10億円未満、小企業:従業員が製造業は20人未満、商業・サービス業は5人以下        *厚労省資料から作成

 

 他方で欧米諸国の物価上昇も日本と同様に、依然として治まっていない。それえ日本以外の当局は、なおも金利引き上げの傾向で、世界の「政策金利」はリーマン危機後の最高6%台に近づいた。これに対して日銀は「金融緩和・低金利策」を続けており、それゆえ「円安」が進む。この円安が、一方で輸入の原材料および食料品価格を吊り上げる。したがって中小企業の経営は厳しいゆえ、国民生活も厳しいが「賃上げ」を続けることが難しい。

 

円安による大手の最高利益と税収増----無謀な防衛費増

 これに対して大手輸出企業や商社は、円安の恩恵を二重に受ける。ドル建ての輸出の円換算額は、円安の分だけアップする。またドル建てで仕入れた原材料も円換算では円安分だけアップする。海外子会社のドル建て稼ぎも、同様だ。したがって大手製造業や商社は、この円安で過去最高利益となっている。

 

それにも拘らず大手企業は、下請け企業をはじめ中小企業に対して「買い叩き」をしてきたから、中小企業は「円安による川上インフレ」と「買い叩かれによる川下デフレ」とで、いっそう厳しくなった。この構造を転換しない限り、日本の構造的な不況が続く。

 

中小企業庁および公正取引委員会も、この構造の深刻な欠陥にようやく気付いて、2022年に「買いたたき5業種」の重点調査を開始したが、必ずしも成果が上がっていないそれらは道路貨物運送業」「金属製品製造業」「生産用機械器具製造業」「輸送用機械器具製造業」の4業種に、23年から加えられた「情報サービス業」である。22年の買い叩きを認定し、指導・勧告した件数は913件、最も多かったのは運送業に関する173件であった。

 

これらから大企業の利益が激増し、金融保険業を除く企業の22年度の「経常利益指数(2010年=100)」は、「全産業」216,「製造業」226,「非製造業」210となった。金融を除く上場企業約1300社の「純利益」は35.6兆円の過去最高となった(SMBC日興証券)。これを反映して「法人税」も伸びた。

 

他方で円安等による消費者物価の値上がりを反映して「消費税」も伸びている。したがって22年度の「税収」は過去最高を更新して、71兆円台が視野に入っている。要するに円安不況により、大手企業だけがその恩恵を受け、これにより「株価」も上昇した。したがって国民の「所得格差」が開く一方だ。

 

ところで税収が増えたが、22年度の補正予算を含む予算規模は139兆円にも達し、税収では半分程度賄えるだけである。この点だけからしても、「防衛費増額」の無謀さは明白だ。