家計負担を軽減する税制
現政権は、コロナに拠る産業や国民の痛みの緩和のため、同時に選挙対策のため、幾つかの「減税特別措置」を導入している。それらは「定額減税」「賃上げ減税」「国内投資減税」「住宅ローン減税」などである。
定額減税は、1人当たり所得税3万円、住民税1万円の合計4万円の減税だ。ただし年収
2000万円円以上世帯は対象外である。他方で低所得ゆえの「住民税非課税世帯」が約1500万世帯に上るが、この世帯には1世帯当たり7万円を給付する。
さらに「子ども養育補助」の観点から、18歳以下の子供1人当たり5万円を給付する。他方でこれまでの「16~18歳の子供がいる扶養控除」を、26年度から減額し、「所得税」の減額は38万円から25万円へ、「住民税」の減額は33万円から12万円へと下げる。しかしこの減額は、高校および大学の就学に不利な影響を及ぼしかねない。
新築住宅の「住宅ローン減税」は、年末のローン残高の0.7%を所得税や住民税から13年間差し引く。加えて「リフォーム減税」もあり、バリアフリーなどに要した工事費の10%を所得税から控除する。また子育てに対応したリフォームをした場合も、上限5万円の控除が可能である。さらに個人の金融投資を促す「NISA(少額投資非課税制度)」も導入されている。
企業の「賃上げ」及び「投資」を促す法人減税
法人税の「賃上げ減税」を26年まで延長し、大企業の場合は「7%以上の賃上げ企業」に対して、法人税の35%を控除する。しかし「3~4%の賃上げ企業」に対しては、「法人税優遇幅」を現行より引き下げる。現在までの「賃上げ減税」では、給与総額が前年度より3%以上増加させると、「法人税」を給与総額の15%差し引き、4%以上では同25%差し引くという制度であったが、この減税率を引き下げる。
それゆえこの新たな「賃上げ減税制度」は、なるべく大幅な賃上げを促す税制と言える。だがこの減税制は、働き手不足の現状からして、企業の「賃上げに拠る働き手の奪い合い」の傾向を強める。したがって大手企業ほどの賃上げが出来ない「中小企業」にとって、これは不利な税制であり、国民の所得格差を拡大させる傾向となろう。
企業の投資を促す「国内投資促進減税」も導入される。これは「戦略物資を生産する企業」に対するの減税であり、法人税が10年間にわたって「生産量に応じて減額」する。
その戦略物資は「EV/蓄電池」「半導体」「「グリーンスチール鉄鋼材料(生産時に二酸化炭素の排出量削減)」「グリーンケミカル(再生可能な資源から作る化学品)」「SAF(持続可能な航空燃料)」の5分野である。さらに特許権とAI関連など「無形資産」から生じる所得に対しては、7年間その所得の30%を課税所得から控除する。
現政権は、このように政策減税によって「景気回復」を狙うが、この他にも多くの減税策があり、法人税関連の同様な狙いの政策は81項目にも及ぶ。また法人課税を翌年以降へ繰り延べる「課税消却制」も導入されている。したがって22年度の法人税収入は、21年度より1兆3289億円減少した。「賃上げ減税」で5150億円減少、「研究開発関連減税」で7636億円減少などである。
見通しが立たない借金財政
このような減税策によって景気を上昇させようとする意図は分かるが、既に述べた「賃上げ減税」と同様に、大手企業に有利で中小企業にはその恩恵が届かない政策も少なくない。同様に所得減税も、困窮世帯や非正社員に恩恵が届きがたい税減策であり、これら減税策が「可処分所得格差」を拡大する方向さえ見える。それゆえ景気浮揚効果も限定される。
加えて何よりも問題なのは、このような減税策によって「国家財政の悪化」が一段と進むことだ。24年度予算の赤字は、「定額減税」だけで3兆円増加。日本の財政の現状は、すでにIMFの指摘のように、財政破綻したギリシャの財政より深刻な状況となっている。国の借金合計は、23年末で1286兆円を超えた。一般会計歳出の国債依存度が、20年度は74%、21年46%、22~23年度は当初予算段階において35%以上である(表1)。
(表1)国家の一般会計 *単位兆円 *カッコ内:新規国債の対歳出比(%)、 ただし22~23年度は当初予算における発行額と対歳出比率(%) |
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年度 |
2010 |
2020 |
2021 |
2022 |
2023 |
歳出額 税収 国債発行額 |
95.3 42.3 41.5(44) |
147.6 60.8 108.6(74) |
142.6 63.9 65.7(46) |
139.2 71.2 39.6(36) |
114.3 69.4 35.6 |
(表2)国の一般会計の国債依存度(国債額/歳出額 %)と長期政府総債務残高の対GDP比率(%) *IMF統計より作成 |
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会計年度 |
アメリカ 19 20 21 |
イギリス 19 20 21 |
ドイツ 19 20 21 |
日本 19 20 21 22 |
国債依存度 長期債務残高 |
22.1 22.6 20.0 79.2 80.5 81.0 |
7.3 32.9 28.9 79.8 / / |
△3.9 42.8 36.1 35.3 / / |
35.0 64.8 40.9 50 236 258 255 260 |
このような状況ゆえ国債発行残高は、24年度末には1105.4兆円(23年末1043兆円)に達する。そして政府の長期債務残高は、GDPの2.6倍に達し、世界で最も厳しい財政状況となっている(表2)。ちなみに23年の政府借金合計は1270兆4900億円で、22年3月より29兆円以上増加して、7年連続で過去最高を更新。24年度も厳しく、当初予算で税収は69.6兆円、新規国債発行額は34.9兆円。歳出は社会保障費が37.7兆円、「国債費」は前年度より1.8兆円増加し、過去最高の27.1兆円。
国債費は「過去の国債の返済と利払い費」に充てる費用であるが、27.1兆円のうち利払い費だけで9.7兆円に上り、これは対前年度比1.2兆円の増加だ。他方で「借換債」も含めると、現在の国債発行額は170兆円にも達しているから、利子率が上昇すれば国債発行が不可能となり財政破綻となりかねない。
焦眉の急の財政立て直し----方策は!
日本の所得格差はアメリカの次に大きく、所得はトップ1%の高所得者に、全所得の45%が集中している。ちなみにアメリカは48%であり、ジニ係数はアメリカが0.39,日本が0.38だ。また日本の家計金融資産は2000兆円を超えたが、これも高所得者に集中し、彼らの海外口の金融口座が40万件以上となっている。
したがって「定額減税」と同時に「金融所得を含む所得税の累進度」を強化し、現在45%の最高税率を74年~84年のように75%に戻して、それに合わせて累進度を急カーブにすべきだ。他方で「賃上げ減税」も、その恩恵は大企業に向き、中小企業には回ってこない。したがって中小企業における被雇用者の賃上げは限られるが、ここに全労働者の7割が雇用されている。
何故か。円安と世界情勢ゆえに、「輸入物価」は2010~22年間に2.1倍に跳ね上がった。これ程に海外からの原材料や食料品価格が上昇してるのに、「企業物価」は同期間に21%の値上がりに過ぎない。これは大企業に拠る「買いたたき」が原因である。したがって中小企業の賃上げは難しい。それゆえ中小企業は「賃上げ減税」の恩恵を受けられない。
こうした状況にも拘わらず「政官財」は、「中小企業の労務費の転嫁」を大手に要求する。しかしその前に、中小企業からの大手の搬入が「原材料価格の転嫁」を実行しないと、中小企業の賃上げは不可能であり「労務費の転嫁」どころではない。それゆえ景気回復も難しい。ただしサービス業では人手不足から、厳しい中での中小企業の賃上げも例外的にあり得る。
いずれにせよ「買い叩き」の抜本的な修正が先決問題である。23年9月時点の経産省の調査では、物価上昇分を「価格転嫁」できた中小企業は、全体の14.4%企業に過ぎず、その転嫁率も45.7%だけで、14.4%企業の中の11.4%企業は全く転嫁できなかった。
法人税に関しても改善の余地が大きい。資本金100億円以上の大企業の「法人税実効負担率」は11%程度で、中小企業の23~25%の半分以下である。多くの「租税特別措置」があるからだ。このような「法人税特別措置」を見直して、中小企業並みの実効負担率にすべきである。ちなみに大企業の多くが現在、円安も手伝って過去最高益若しくはそれに近い利益を上げ、自社株買いで株価をつり上げている。
しかしこれら「法人税特別措置の見直し」「高累進度所得課税の導入」「大手の『買い叩き』修正」をしても、日本の厳しい財政事情はそれほど好転しない。決定的な解決策は、拙稿で繰り返えしたように、100年後に返済する「相続税・譲渡税免除の無利子100年国債」によって、全累積国債を借り換えるほかはない。これは、高所得者の金融資産2000兆円の有効利用でもある。