伸び率急減の機械装備と労働生産性
政労使(財界)が叫ぶ「賃上げ」を実現するためには、これまでの長期不況の原因と、これを克服する方法を明らかにすべきだが、この方法に関しては、前回のコラムで明らかにした。さらに本コラムは景気低迷の構造を、高度成長期以来の企業経営と日本経済の構造 から明らかにしよう。
(表1)全産業(製造業、非製造業)の労働装備率・生産性・人件費の指数(1985年度=100) カッコ内は2010年~2020年間の伸び率 (出所)財務省『法人企業統計年報特集』の各号から算出 |
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年度 |
1990 |
1995 |
2000 |
2004 |
2010 |
2015 |
2018 |
2020 |
労働装備率 労働生産性 人件費 |
141 129 132 |
192 132 161 |
188 126 161 |
182 124 163 |
176 120 165 |
181 130 169 |
178 142 167 |
193(11%) 124(3.3%) 169(1%) |
この表の「労働装備率」は従業員員1人当たりの機械など「固定資本」の金額、「労働生産性」は従業員1人当たりが稼いだ「付加価値額」、人件費は従業員1人当たりの給与と福利厚生費の合計額である。なおこの表は財務省調査から算出した指数で、その対象企業は、資本金1千万円未満約4000社,1000万円以上2000万円未満の約4000社、5億円以上10億円未満は全社、10億円以上も全社など、2万5000~2万7000社ほど。ただし金融・保険業は含まれない。
さて「労働装備率」は1985年度から2020年度の35年間に、ほぼ2倍(93%)も伸びているが、「労働生産性」は同期間に24%伸びただけで、過去最高水準の95年度でも85年比32%増に過ぎない。ただし労働装備率も95年度から減少した。もっとも20年度には、漸く95年度の水準にほぼ戻している。
このように従業員1人当たりの機械等の固定資本を増やしても、従業員1人当たりの生産性はその割に伸びなかった。したがって企業は「労働装備率」の伸びを抑えるようになった。95年の指数が192であったのに、18年には178まで落ち込んだ。それゆえ「生産性」の伸びもさらに鈍くなり、95年の指数132が、10年度は120に落ち込んでいる。当然ながら人件費も余り伸ばせない。95年度の161から20年度169の伸びに過ぎない。
こうして95年以降は「労働装備率」「労働生産性」の双方とも低下し、とりわけ2010年度以降の低下は著しい。85年度から95年度の10年間で、労働装備率92%、労働生産性32%、人件費61%それぞれ伸びた。ところが2010年からの10年間の伸び率は、それぞれ11%、3.3%、2.4%に過ぎない。とくに「労働生産性」と「人件費」の伸びの鈍化だ。
やや詳しく見ると、「労働生産性」は95年度以降に低下した後、15~18年度まで伸びたが、コロナ禍で落ち込んだ。この表と同様な「労働生産性指数」は15年度141、16年度141、17年度143、18年度142と伸びたが、20年度124に落ち込んでいる。
いずれにせよ次に触れるように「消費飽和状態」では「多品種少量生産」とならざるを得ず、「大量生産の規模の利益」を望めない。それゆえ「労働生産性」が伸びない。多品種少量生産ゆえ、様々な機械などを装備し「労働整備率」を上げても、その割に労働生産性は伸びないのである。
成熟飽和経済と企業利益率の激減-----輸出主導主義の弊害
このように95年度以降はとくに「労働生産性」が伸びないゆえ、「人件費」も「労働装備率」も伸ばすことが出来ない。しかし「企業利益」は低利益率ながら確保された。それゆえ企業の「内部留保」が、今や500兆円を超えた。
これは主として大手企業の「売上高経常利益率」が上昇し、資金をため込んでいるからだ。他方でこの資金を「自社株買い」に向けて株価を吊り上げ、その分だけ労働装備や賃金の抑制となってる。これはアメリカ流の「株主資本主義」の影響にもよる。
(表2)企業の資本金規模別「売上高経常利益率%」および「売上高営業利益率%」の推移 |
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資本金(百万円) |
1000万円未満 経常 営業 |
1千万円~1億円未満 経常 営業 |
1億円~10億円 経常 営業 |
10億円以上 経常 営業 |
1995年度 2010年度 2013年度 2016年度 2020年度 2021年度 |
0.3 / 0.3 0.0 1.6 0.6 2.6 0.7 2.3 △0.5 2.0 △2.0 |
1.5 / 2.0 1.8 2.9 2.3 3.5 2.0 2.7 1.6 3.6 2.0 |
2.9 / 3.1 3.0 3.7 3.4 4.2 2.9 3.9 3.3 5.0 4.2 |
2.6 / 4.8 4.2 6.2 5.0 5.2 4.8 7.2 5.0 6.4 9.1 |
日本企業の「売上高経常利益率」は表2のとおり、欧米諸国の8~10%に比して極めて低い。しかし最近になって大企業の利益率だけが、欧米諸国に近づいてきた。日本企業のこれまでの低利益率は、「輸出数量主義」により低利益率に甘んじてきたからだ。また大手企業はそのために、中小企業からの「納品価格(企業物価)」を限界まで下げさせている。
最近でも資本金10憶円以上の大手企業以外は、「売上高経常利益率」も、本業利益の「売上高営業利益率」も極めて低い。資本金1000万円未満企業は、これがマイナスにさえなっている(表2)。何故か。ちなみにトヨタの22年4~12月決算は、売上高が27.46兆円、営業利益は2.98兆円で、「売上高営業利益率」は10.8%と高い。
アメリカは1960年代初めに、ドイツは60年代末に、日本は70年代半ばに生産力が成熟し、他方で多くの家庭で消費飽和の「成熟飽和経済」に到達した。したがって従来通りの「経済成長」は不可能となった。もてる生産力をフルに使うと、消費不足の「もの余り」の不況となる。そこで「多品種少量生産」とならざるを得ない。
加えて日本経済は、この成熟飽和経済を「輸出主導」で打開しようとした。良いものを安く製造し、それを輸出することで「経済成長」を持続させてきた。その結果、先進諸国の反感を買うほどに過剰輸出をし、ついに「プラザ合意」によって2倍の円高にされた。それでも尚も輸出に拠る経済成長を目指すから、輸出大手企業は中小企業からの納品価格(企業物価)を抑え続けてきた。
したがって中小企業の「売上高経常利益率」は2%台と低く、「売上高営業利益率」はさらに低く1%台に届くか届かないかだ。こうした状況にも拘わらず、輸出を伸ばすために日銀は「円安策」を導入した。それゆえ「輸入原材料価格」が跳ね上がり、中小企業はきわめて苦しくなっている。大手輸出企業も大手販売企業も、輸入原材料高に見合った納品価格の引き上げを認めないから、中小企業は「川上インフレ・川下デフレ」の苦境に陥っている。
日本経済の3つの悪連鎖を克服できるか!
他方で被雇用者の70%が中小企業に雇われているゆえ、賃金全体が伸びない。また企業は困窮ゆえに、正規雇用を非正規雇用で置き換える。したがって賃金全体がさらに下がり、消費不況が深化している。以上から明らかなとおり、日本経済が「成熟飽和経済」に到達したにもかかわらず、輸出主導によって経済成長を続けたことから始まって、次の3つの「悪連鎖」に陥っている。
<輸出主導と過剰輸出・バブル経済の悪連鎖>
輸出のための過剰設備投資(高い労働装備率)⇒⇒過当競争・長時間労働・労働生産性伸び率(一人当たり付加価値)の低下⇒⇒過剰生産⇒⇒過剰輸出・過剰マネー⇒⇒バブル経済と円高⇒⇒金融不安・バブル経済の崩壊⇒⇒中小企業の困窮
輸出で稼いだドルが円に替られ、前期比10%増に及ぶ「円増刷」が続き、これがバブル経済を引き起こした。他方で「過当競争」と「中小企業泣かせ」による「過剰輸出」は、正常な国際競争とは言えない「ソーシャル・ダンピング」であるから、「プラザ合意に拠る円高」を招いた。そして円高により従来どおりの輸出が難しくなったゆえ、大手企業は海外生産に向かった。
<過剰輸出と国内空洞化および大手の中小企業泣かせの悪連鎖>
過剰輸出⇒⇒円高⇒⇒海外へ組み立て工場進出⇒⇒大手企業の海外進出(国内空洞化)
⇒⇒部品・機械の持ち出し輸出⇒⇒貿易黒字のさらなる増大⇒⇒円高の昂進⇒⇒海外工場進出の増大⇒⇒中小企業の仕事減少・中小企業の過当競争⇒⇒企業物価(納品価格)の切り下げ⇒⇒中小企業の川下デフレ⇒⇒中小企業の困窮と中小企業の倒産もしくは消滅
<円安政策と中小企業の川上インフレ・川下デフレ
および賃金の低下・消費不況の悪連鎖>
輸出政策(円安政策)⇒⇒円安⇒⇒輸入原材料価格の高騰⇒⇒中小企業の川上インフレ⇒⇒中小企業の川上インフレ・川下デフレ⇒⇒非正規雇用増加⇒⇒賃金切り下げ⇒⇒賃金の全般的低下⇒⇒消費不況の深化
日銀はこのような悪連鎖による不況を理解できず、輸出増による景気回復を狙って、「低金利策」を続けている。それが異常な円安をもたらし、一時は1ドル150円にも上った。それゆえ「輸入インフレ」の高進となり、これを抑制すべく金利を0.25%から、許容限度0.5%までに引き上げた。これは同時に超低金利ゆえの「海外投資や外貨預金への資金流出」を抑制するためである。
ちなみに22年7~9月期は、海外投資の「配当」や「利子収益」が、年換算で50兆円にも達した。それゆえ日銀はこの「資金の海外流出」を抑制するためにも、金利を幾分引き上げた。したがって「円安」が幾分緩和するが、円安の修正は「輸入インフレ」を緩和させ、中小企業および家計の困窮が緩和する。
しかし他方で、円安修正で大手企業の利益が減少する。輸出大手は円安で「ドル建て輸出の円換算額の増大」および「海外工場のドル収益の円換算額の増大」により、また商社等は「海外輸入物資の円換算国内販売」で利益を拡大してきたが、円安が緩和されるにつれ、この利益が縮小する。
しかし悪連鎖経済の改革のために、円安の抜本的な修正が不可欠である。また前回のコラムで述べたとおり、中小企業の「同業社組織」と「異業種を含む地域業社組織」がスクラムを組み、各地域の商工会議所もこれを支持して、大手企業に対する「拮抗力・納品価格の下落阻止」を行使することが重要である。