中小企業倒産とパートナーシップ構築および家計消費
企業倒産(負債総額1000万円以上)は、「東京商工リサーチ」によると、22年が6428件で3年ぶりに前年を上回った。また「帝国データーバンク」の発表では6376件。この倒産増加は、「円安」と「ウクライナ問題」による「輸入原材料高」が、大きな原因の一つだ。とくに燃料高騰の影響を受けた「運輸業」の倒産が324件と目立つ。
他方で今後は、「ゼロゼロ融資」の影響が懸念される。これは政府による「コロナ禍」の経営を支えるための融資であるが、200万件超の利用があった。この返済期限が迫る来春に向けて、返済不能倒産が増えるであろう。というのもゼロゼロ融資がなかった19年の倒産件数は、8383件と多かった。輸入原材料の高騰にも拘らず、大手企業が、中小企業からの「納品価格」を上げさせないからだ。
このような推移から、中小企業庁は「大企業と中小企業との共存共栄のパートナーシップ構築宣言」を提案した。それゆえ経団連、日本商工会議所、経済同友会は、加盟各社に対して「下請け企業などとの取引における、コスト上昇に見合う円滑な受け入れ」を要請した。
これらの効果もあり22年の「国内企業物価指数」(20年平均=100)は、114.7で前年比9.7%上昇となった。比較可能な1981年以降の最大の伸び。ちなみにこれまで最大の伸びは21年の前年比4.6%。ただしこの企業物価の伸びでも次表のとおり、それは輸入物価の伸びには遠く及ばず、中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」の困窮が続く。
(表1)各物価指数(2010年=100)の推移) *輸出入物価指数は、円ベースの指数 |
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年 |
2018 |
2020 |
21年上期 |
21年下期 |
22年上期 |
22年下期 |
消費者物価 企業物価 輸出物価 輸入物価 |
105.0 104.1 108.0 113.4 |
105.5 104.3 100.8 117.8 |
105.1 105.0 100.7 113.9 |
105.2 110.3 106.7 125.9 |
107.1 116.0 119.4 175.4 |
109.7 121.4 131.8 216.2 |
それはともかく、企業物価の上昇から、消費者物価指数(10年=100)も、22年平均が108.4で前年比2.5%上昇、12月は110.3で前年同月比4.0%上昇となった(表1)。それゆえ「家計消費支出」も22年の二人以上世帯の消費支出は、月平均29万865円と2年連続で伸びた。もっともこれはコロナ禍からの回復に拠る旅行、娯楽関連が増えたことにもよる。したがって物価変動の影響を除いた「実質家計消費」も、前年より1.2%増だ。
中小企業の困窮と実質賃金の低下-----ドイツの半額
では賃金はどうか。22年は「名目賃金」の伸び「前年比2.1%」が、物価上昇に追いつかず、「実質賃金」は前年比0.9%減。23年の春闘は、これをプラスの出来るか!それは中小企業の賃上げ如何であるが、これは企業物価の上昇が、中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」を、どの程度緩和するかに掛かっている。
ところで賃金についてヨゼフ・ピーパーは、典型的な二つの見解を述べる(稲垣訳『余暇と祝祭』)。一つは独裁者スターリンの「賃金は仕事に基づいて算定され、労働者の必要に基づいてではない」と、もう一つは教皇ピウス(ピオ)十一世の回勅『クアドラゼシモ・アンノ』の「第一に、労働者に対しては、彼自身およびその家族が生活を維持するのに充分な賃金を支払うべき」と。
(表2)実質賃金指数 2010年=100 *事業諸規模5人以上(10年は30人以上) |
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年 |
2016 |
2017 |
2018 |
2019 |
2020 |
2021 |
現金給与総額 決まった支給額 |
95.5 94.7 |
95.4 94.6 |
95.6 94.3 |
93.7 93.6 |
93.5 92.9 |
93.5 93.1 |
この回勅のとおりの賃金は、それに見合う企業利益が得られなければ不可能である。他方スターリンの見解のような賃金や企業経営は、思いやりに欠けるばかりでなく、企業の継続や従業員獲得が難しいなど、問題も大きい。しかし企業競争に勝つためや、企業利益を上げるために、企業はこのような方向に向かいがちだ。
結局のところ、これらの双方を組み合わせた賃金となるが、「年功序列賃金」と「ジョブ型賃金」の組み合わせがポイントであり、その塩梅は自企業の経営ばかりでなく、景気や物価などの経済全般との兼ね合いによる。表2のとおり、日本の実質賃金は2010年より7%ほども減少しているが、これは中小企業の利益が減少し続け、賃金を抑制せざるを得ない状況ゆえだ。異次元金融緩和の「円安」によって、中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」が深刻化している。2010年から「輸入物価」は2.16倍となったのに、企業物価は21.4%の伸びに過ぎない(表1)。
(表3)時間当たりの賃金(製造業、各国通貨)および賃金の購買力換算指数(日本=100) |
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日本 |
アメリカ |
イギリス |
ドイツ |
フランス |
2010年 2015年 2020年 |
2246(100) 2311(100) 2465(100) |
24.91(123.9) 28.37(127.0) 31.14(127.9) |
16.73118.5) 17.99(116.3) 19.50(120.8) |
25.56157.9) 29.30(168.6) 32.50(180.8) |
21.64(125.9) 24.35(134.8) 26.90(151.9) |
他方で多くの大手企業は「かなりの賃上げ」が可能なほどの過去最高利益を上げているが、それを自社株買いや内部留保に向けて、利益に見合う賃金、さらにはクアドラゼシモ・アンノ流の賃金を配慮していない。したがって表3のとおり、日本の実質賃金(製造業の時間当たり購買力平価賃金)はドイツの55%、フランスの66%、アメリカの78%と低い。
金融緩和の「円安」による貿易赤字の増大
22年の貿易赤字が19.97兆円と、前年赤字の10倍、過去最高赤字だった14年の12.81兆円をも大きく上回った。輸入額が前年比39.2%増の118.15兆円、輸出額は18.2%増の98.18兆円といずれも過去最大だが、これらから明白なとおり、この過去最高赤字の最大要因は「円安」である。円安が「ドル建ての輸入原材料の円換算額」と「ドル建て輸出の円換算額」を膨張させた。
しかし「ドル建て貿易」は、輸入が7割、輸出が5割であるから、この2割の差だけ、円安が貿易赤字を助長する。たしかに輸入の円額が大きくなった要因には「ロシアのウクライナ侵攻」もあるが、この輸入額を「円安」がさらに大きくした。したがって消費者物価も前年比4%以上の40年ぶりの高騰となり、家計を圧迫している。円安は、一時は1ドル150円以上にも達した。
(表4)輸出入額(通関ベース、兆円、1000億円未満四捨五入)と貿易指数(15年=100) *輸出入総額は、22年以外は各年度の合計額 |
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輸出額 |
輸 出 指 数 |
輸入額 |
輸 入 指 数 |
出入超額 |
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金額 |
数量 |
単価 |
金額 |
数量 |
単価 |
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07年 10年 19年 20年 21年 22年 |
85.1 67.8 75.9 69.4 85.8 98.2 |
90 80 99 99 108 130 |
124 114 103 91 102 100 |
/ / 96 109 106 130 |
80.0 53.1 77.1 68.4 91.2 118.2 |
93 114 96 89 105 151 |
100 97 105 98 103 103 |
/ / 91 91 102 147 |
5.1 14.7 △1.2 1.0 △5.4 △20.0 |
この「円安」による輸入額の異常な暴騰と、それゆえの消費者物価の急騰だけから見ても、日銀の金融緩和策の悪影響は異次元だ。また大手の海外生産増大により、表4のとおり「円安」にしても「輸出数量」は伸びず、中小企業の仕事が減少している。
同時に円安が大手輸出・海外生産企業や商社の「円換算利益」を増大させ、企業間格差が拡大している。それゆえ政府・日銀はこの「円安」を抑えるために、22年9月に24年ぶりの「円買い介入」をしたが、その後も介入し9月、10月の介入総額は9兆円超となった。
それにも拘らず「金融緩和策は間違っていない」と、新旧総裁をはじめとする日銀関係者は屁理屈強弁に終始している。ちなみに21年もすでにウクライナ問題による海外の原材料価格は高騰していたが、円の年間平均は1ドル110円ほどであったゆえ、貿易赤字は22年の10分の1に止まったのである。
財政節度を乱した日銀の大量な国債買い
日銀は「国債購入」によっても「金融緩和」を進め、普通国債の半分以上を保有している。税収で返済する必要のある「普通国債」の発行残高が、22年12月末に1005兆7772億円になったが、このうち日銀の保有額は530兆円にも及ぶ。このような日銀の国債買いが、財政節度を失わせる。
ちなみに普通国債は公共事業の財源となる建設国債や赤字国債、借換債などを含むが、貸し付けの回収金で返済する財投債や借入金、政府短期証券なども合計したいわゆる「国の借金」はGDPの2倍以上の1256兆9992億円となった。
普通国債の残高は、新型コロナウイルス禍を境に増加ペースが加速した。18、19年度末の増加率は前年度末比で1〜2%程度だったが、20年度末に6.8%に跳ね上がり、その後も増加率が続く。とくに「物価高対策」や「巨額の予備費計上」で歳出膨張は続く。23年度予算は一般会計が初めて110兆円を超える114兆円、35.6兆円の新規国債の発行を予定。これで普通国債の同年度末の残高は、1068兆円に達する見込みだ。
このように円安による物価高が、財政赤字をも深刻にし、また巨額の普通国債から「国債費」も急増している。財務省は、利払い費の見積もりに使う金利を26年度に1.6%に置いて、同年度の国債費は29.8兆円と23年度から4.5兆円増えると試算する。この国債費は、歳出総額の4分の1超まで拡大し財政を圧迫する。
日銀が22年末に10年物国債利回りの許容変動幅を、プラスマイナス0.5%に拡大し、長期金利は上昇傾向にあるゆえ、このような予測となる。社会保障費の膨張と防衛力の強化に「国債の利払い費急増」が重なれば、財政の政策余地はきわめて限定され、国民経済全体が縛られる。ここにも日銀の異次元の金融緩和の暗影が濃厚だ。こうした状況ゆえ財政危機の懸念から、国債が売られて金利が上昇すれば、財政はいっそう逼迫する。
日銀の異次元金融緩和策は、さらに超低金利やマイナス金利ゆえに「融資益」が上がらず、とりわけ地方銀行の「地域業者への融資」を困難とし、これが景気回復の足を引張っている。また大量の株式買いが、株式を吊り上げ「国民の所得格差」を拡大させ、同時に異常な「官製相場的な株式市場」を形成して、出口が見つからない。
このように「金融緩和策の弊害」は日本経済全体に及んでいる。そもそも「金融緩和により市場にカネを大量に流せば、物価が上昇し、景気が良くなる」という緩和策は逆さまだ。逆に「景気が良くなれば物価が上昇するゆえ、それに対応する政策」すなわち「限定的な節度ある景気政策」が日銀の本分だ。それ以上の景気政策は、財政政策および「産業構造の改革」などに委ねるべきである。